厚生労働省官僚・村木厚子さんはなぜ逮捕されたのか。大阪地検特捜部により形作られた冤罪事件の全容を、関係者への丹念な取材と事実の積み重ねにより描き出した好著。
四面楚歌の状況下にあっても、毅然として闘う村木さんの姿は読む者の胸を打つ。「執行猶予がつけば大した罪でない」という検事の不用意な発言は、彼女が30年にわたり築き上げてきた社会的信用への配慮を完全に欠く。同時にそれは、家族にも、生涯にわたって犯罪者の家族という重荷を背負わせることを意味する。母として、ここで屈するわけにはいかない。その思いは察するにあまりある。
また検事は、一方的に思い描いたキャリアとノンキャリアの対立の構図を背景に、「ノンキャリアの人は仕事が嫌で嫌でしょうがない」と、ノンキャリアの代弁者のごとく語る。村木さんはその発言を、「ノンキャリアの人への侮辱」であると敢然と批判する。そこには、共に働く者への愛情と確固とした信頼がある。
こうした謙虚さを欠く検事の態度は、村木さんのみならず、一般市民にも向けられている。会話入りの供述調書の作成を、裁判員制度の導入により、「素人」にも分かりやすく説明するための工夫と言う。稚拙なストーリーを与えればそれで十分ということか。みくびられた一市民としては、怒らずにはいられない。
「出版人の良心として」本書を執筆し、上梓を敢行した週刊朝日取材班に感謝!
但し一点。虚偽有印公文書作成・同行使という容疑に問われるくらいなら、「恋に狂って殺人に問われたほうがまし」という村木さんの発言は、文字で見る限り、「感情的」というよりは、冷静かつ的確な表現と評すべきものではないだろうか。罪の軽重ではない。自分の意志による行為か否かの問題である。やってもいないことをやったとされることなど、許せるはずがない。彼女の矜恃が言わしめた渾身の啖呵、女性読者にとっては胸のすくひと言だと思う。