著者の椎名氏は元共産党員で、戦前は獄中にありましたが、共産主義を捨てるという転向により釈放され、後にキリスト教徒となりました。本書は椎名氏のキリスト教をめぐる信仰告白ともいえるべき書です。世間一般のイメージでは、キリスト教徒とは、全能なる神を信じ、イエス・キリストの奇蹟を信じている者かもしれません。しかしながら、椎名氏はそこに疑問を投げかけます。むしろ、奇蹟を信じられない点こそ、キリスト教にとって大切なことだと説きます。信じられなければそれで良いではないか、その姿こそまごうことのない厳然とした人間の事実であり、キリストは苦しみや悩みなどで人間性を奪われて貧弱に生きている私たちのために、人間性をとりかえそうとやってこられた方なのだからと椎名氏は言います。マリアの処女受胎、イエスの復活など様々な奇蹟を信じられずキリスト者はつまずくことがあるでしょう。けれども、本書を読むと、お仕着せの綺麗な服を着ているような、まったくつまずかない品行方正なキリスト教徒の方がむしろ何かおかしいように感じられるのです。椎名氏によれば、奇蹟は信じられないものであるということも、また信じられるものであるということも、キリストの前では同じことで生かされている一人の人間である証拠です。信じることと信じないことの葛藤を繰り返す、ここに椎名氏のユニークな思索の過程が見られます。聖書入門と言うよりも、むしろ一人のキリスト者の独白と言えるでしょう。