日本人なら誰でも「百人一首」の歌の2〜3は知っている。「天の原、、、」「花の色は、、、」「大江山、、、」など口調のいい歌は、そらんじてもいる。が、大多数の歌は意味不明で作者も沢山いてよくわからない。そう、百人一首の本を書くのは結構ムツかしい仕事なのだと思う。高度に技巧をこらした新古今歌を読者向けに読み解くのも容易ではないし(枕詞、かけ詞、本歌取りなどいろいろある)、百人もの作者を解説するのも一苦労だ。あまり難しいことを言わずに、気に入った歌のいくつかをくちずさんでいればいい、という楽しみ方もあると思うが、撰者藤原定家とはどんな人物でいかなる生涯をおくったのか、どんな基準で百首を選んだのかを知れば、歌の理解はいっそう深まると思う。
青山二郎、小林秀雄、河上徹太郎といったウルサイ文士との交遊で鍛えられ、人間通の白洲正子さんが著した本書はやはり非凡な一冊だと思う。「百人一首」は、一見百首がズラズラならんでいるだけだけれども、自信家で歌道一筋の定家、その才能を認め、支援し時に反発し、一方鎌倉武家政権の転覆と王政復古をもくろむ後鳥羽院、定家に比肩する歌人でありながら壱岐に流された後鳥羽院を最後まで支援する藤原家隆、ゆき詰まった和歌の革新を感じ取り、定家がひそかに期待をかけた源実朝、白洲さんが定家をめぐるこれら興味深い人物群を語ってくれることで、「百人一首」の骨格がにわかにドラマ性をおびて立体的に見えてくる。
小賢しげで「したり顔」の清少納言は、不遇の中宮定子の後宮のかっての華やぎを後世に伝えたかったのだ、道綱の母は、男の身になってみると、うっとうしい女性だったのではあるまいか、貫之は天性の歌人というより批評家、どこから見ても欠点がなく、尊敬はするけど興味はあまりない、西行は歌よみだが定家は歌をつくる、etc etc 白洲さんならではの鋭い観察が随所にみられるのが本書の魅力だ。