内容(「BOOK」データベースより)
内容(「MARC」データベースより)
著者からのコメント
動物の「命」を食べることとはどういうことなのか、人が生きていく上で本当に必要な「食」とは何なのか。そしてまた、家畜とペットとの境界線とはどこにあるのか?--そんなさまざまなテーマを提示している本です。BSE問題をめぐりアメリカの牛に注目の集まる今、本書をとおして一人でも多くの方に、家畜牛のライフサイクルや飼育の実際の姿について理解していただけたらと思います。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
『ニューヨーク・タイムズ』『ニューヨーク・マガジン』等で活躍するジャーナリスト。ボストン大学ジャーナリズム学科およびコーネル・ロー・スクール卒業。『民間調停者になるには』など法律関係の著作がある。ニューヨーク州ロチェスター市在住(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
抜粋
一九六〇年の夏休みのこと、私たち一家はニューヨーク州ロチェスターの郊外の家からカリフォルニアまで旅をした。当時私は七歳。それは旅行の四日目、アイオワあたりでの出来事だった。父が運転する青いビュイックの後部座席から、草をはむ牛の大群が見えた。なぜあんなにたくさん牛がいるのか、私は隣りにすわる姉のジェーンにたずねた。
「あれがみんなハンバーガーになるのよ」とジェーンは言った。 父の横にいる母が振り向いて「ジェーン、しーっ!」 私は姉にどうやって牛がハンバーガーになるのか聞いてみた。 「うーん、農家の人が作ってくれるの」彼女の返事はあいまいだった。 「じゃあ、牛をどうするの?」 「列車に乗せるの」 「それから?」
その時母が割って入った、「ピーター、車のナンバープレートでビンゴゲームやらない?」
あの旅行から四〇年、私は自分の前に出されたステーキやローストビーフ、ハンバーガーを食べてきた。だが、命あるものがどのようにして食べ物に変わっていくのかという好奇心、私たちの食欲を満たすため多くの動物たちが「列車に乗せられていく」ことへの驚きと落ちつかぬ思いは、私の中で消えることはなかった。
道徳的な見地から何年間か肉食を控えたこともあったが、こうした感情を頭の隅に追いやってなかば忘れていた時期もあった。私の子どもたちの食習慣の違いは、肉食に対する私自身のそんな二面性をあらわしているようだ。一人は肉を食べるが、もう一人はまったく食べない。
一九九七年の春、肉を食べる方の娘とマクドナルドの列に並びながら、私はあの時の旅行を思い出していた。娘はハッピーミール〔日本の「ハッピーセット」にあたる〕についてくるミニチュア版ビーニー・ベイビーのおもちゃが目あてだ。マクドナルドはその動物のぬいぐるみを一億個用意したのだが、需要はそれをはるかに上まわっていた。事実、人の列は店の外までつづき、ドライブ・スルーでは通りにはみ出した車が渋滞を引き起こしていた。
カウンターに飾られたビーニー・ベイビーのぬいぐるみに目をやると、その中に「スノート」という名の赤毛の雄牛と「デイジー」という白黒の雌牛がいるのが見えた。私には驚きだった。牛の挽き肉を売る会社が、牛のおもちゃを子どもに配っていることが奇妙に思えてならなかったのだ。グリルした牛の亡骸をほおばりながら牛のおもちゃを抱いて遊んでくれと言っているのか? マクドナルドのビーニー・ベイビーの起用は、食べ物とその「源」とのあいだに築かれた断絶を象徴しているかのようだった。
以前はこうではなかった。何世代か前まではあらゆる文化圏の人々が食べ物の出所と密に接し、それをよく理解していた。しかし今のアメリカを例にとれば、農業に従事しているのは国民のわずか二パーセント足らずで、それを知る者は皆無に等しい状態だ。とりわけ畜産業には、動物の生き死にをめぐって人に後ろめたさがつきまとうのも事実であり、知らなければ知らないままでいいとされているのが現実である。つまり人々はみな、私の母のやり方に従っているわけだ。肉になるために牛が草をはんでいるのを横目に、ビンゴゲームに興じているのである。
しかし私はこんなふうに考えはじめていた。もし「牛」と「ハンバーガー」という隔たった二つの点を結び、生きた動物が食べ物になる過程を間近で観察するとしたら、自分の中でいったい何が起きるだろう? 食用の動物を育てる人々に会い、彼らの仕事を観察し、人の胃袋を満たすために働くことを生産者がどう感じているかを知ったとしたら? そうして、子どもの頃から強く心をとらえ、それと同時に不安や脅威の対象となっていたプロセスを正しく理解できたら、自分はどう変わるのだろうか、と。
しかし、こうした試みのためにはまず何からはじめればいいのか。観察すべき牛の数は膨大だ。私たちは年間五〇億個以上のハンバーガーを食べ、そのために毎年約四五〇〇万頭の牛がと畜解体されている。一日に約一二万三〇〇〇頭、一時間に五〇〇〇頭、毎秒一頭以上が肉にされている計算になる。
そこでジャーナリストである私は、自分のなすべきことの的をしぼった。観察の対象を「調理される無数のもの」から、ただ一つ――「一頭の生きた牛」にしぼること。そしてその一頭が誕生するところからハンバーガーになるところまで――のちに私が出会った農学教授が言うところの「受胎から消費まで(from conception to consumption)」――を追いかけることに決めたのだ。
まず最初、私は中西部の牛の大群を観察するため、飛行機でアイオワかカンサスあるいはテキサス州まで行ってみようかと考えた。だがそれにはおよばなかった。ファストフードのハンバーガーは、南部および中西部の牧草地や飼養場で育った脂肪分の多い肉用牛と、脂肪の少ない「淘汰(cull)」された酪農牛(乳牛はミルクが出なくなってくると食肉処理場へ送られる)の肉を混ぜ合わせて作られていることがわかったからだ。ハンバーガー用の肉における元・酪農牛の割合は少なくとも五〇パーセント、ときには七〇パーセントにものぼるという。
さらに新たな事実を発見した。私の住むニューヨークは国内第三位の酪農州(ウィスコンシン州、カリフォルニア州に次ぐ)であったうえ、わが家のあるロチェスター市と接する州内最西端の各郡は、ニューヨークにおける酪農産業の中心的存在だったのだ。つまり自宅から約半径八〇キロ以内で、その誕生から生活、そして死までを直接観察できるファストフード用の牛を見つけることができるのだ。
幼少期の脳裏に宿した特定のイメージが、その後の人生に大きな影響をおよぼすことがある。そして中年にさしかかった多くの人が心の中のそうしたイメージと向き合いはじめ、その本質を理解しなければ、という思いにかられる。こうした挑戦が、登山や航海など、体をはった肉体的な試練となる場合もあるだろうが、私の場合それは、黒いゴム長靴をはき、牛舎に入り込み、牛たちの生と死の現実に直面することだった。 旅のはじめに、私は三頭の子牛を買うことになる。