優れた文学者は、優れた思想家であることが多い。
その典型が夏目漱石である。
私は漱石文学の中で、『吾輩は猫である』と『坊っちゃん』のような作品を好む。
中でも『猫』は、ダントツに好きだ。
というのは、くしゃみ先生の口を借りて文明を野次ったり、
それこそ、猫に世間体の下らなさを暴かせる所に共鳴するからである。
本書は、そんな漱石の思想が凝縮された講演録である。
手軽だし、読みやすい。
『猫』や『坊っちゃん』を書いた漱石という人物は、こういう考えの持ち主だったのか。
だから、優れた文学作品を書けたんだろうと、こう思う。
とくに教えられたのは、「現代日本の開化」と「私の個人主義」であった。
前者を読むと、漱石がいかに人間の本質を見抜いていたかがよく分かるし、後者を読むと、
そうしたら我々は幸福のためにどうすればよいのか、よく考え伝えようとしていた様子が見て取れる。
経験談であるから説得力があるし、聞き手を飽きさせないために気を配る話し方に親しみを覚える。
「私の個人主義」には本当に励まされた。
今でも、気分が落ち込む度にこれを読み返している。
私にとって本書は、まさに薬のようなものなのである。
漱石は、「自己本位」を大切にせよ、と説く。「エゴ」とは異なるそれである。
彼は「この自己本位という言葉を自分の手に握ってから大変強くなりました」(136ページ)と、
また「自分で自分が道をつけつつ進み得たという自覚があれば、あなた方から見てその道がいかに下らないにせよ、
それは貴方がたの批評と観察で、私には寸毫の損害がないのです」(138ページ)とまで言い切る。
もし迷いがあるなら、「どんな犠牲を払っても、ああここだという掘り当てる所まで行ったら宜かろうと思う」(139ページ)。
自分を持つことは、日本社会を生きる上で「貴方がた自身の幸福のため」に「絶対に必要」(同)なのである。
漱石は、自らの神経衰弱をこのようにして乗り越えた。
否、乗り越えられたかはともかく、乗り越えようとしたことは確かである。
そのような強い姿勢を私も見習いたい。
尚、本書を気に入られた方には、是非、
阿部勤也『「世間」とは何か』(講談社現代新書)を読んで欲しい。
思想家・漱石の根幹が窺い知れる。