加藤周一が岩波・平凡社などだけに書いていたら、ふつうのインテリ文化人として終わった可能性もある。京都の小さな出版社かもがわのもとめに応じて講演集、なかんずく居酒屋での無名の人々との交わりを記録したことで、加藤の人柄の温かさが文字を通して伝わることになった。この経緯の意味は大きい。
本書は没後1年、白沙会メンバーを中心に、全国に公募した一般人それぞれにとっての加藤感を集めたものだ。なかには文章の稚拙そのまま訂正せず掲載されているものもある。それはそれで学生文集のような感を呈している。加藤が一面識もない一般人の質問に悪びれないどころか、懇切に回答している姿は感動的だ。
白沙会の活動を日時まで詳細に年表としたのは快挙である。たどってゆくと、加藤が海外から戻るや否や、あるいは講演会のあとすぐに、メンバーたちと長時間にわたって屈託なく語り合っていたことがわかる。たしかに疲れを知らぬ脳細胞の持ち主であった。同時に次のエピソードは、加藤の身体能力も並々ならぬものだったことを物語る。84歳になんなんとする加藤が、メンバーの待つ軽井沢の宿に白い乗用車の運転席であらわれ、キィーッとブレーキ音を立ててバックし、車どめにピタリと停めたというテクニックである。
詳細な日時を記録した白沙会の様子、せっかくだから1つ気づいたことを指摘しておきたい。38ページの上の写真の日付が、1992年11月27日になっている(この日加藤はローマにいたはず)。1991年の間違いだろう。