ジャコメッリの写真は重くて、気持ち悪い。
現代の日本的表現を借りるとすれば、超KY(空気読んでない)な写真である。
ようは、逝っちまってるんだなあ。
難しくカッコよく言い換えれば「アジール」に属しているのかもしれない。
彼の写真は私たちに、答えや状況説明を
全く示唆しない。逆に、見れば見るほど、質問をなげかける。
「あんたは何をみてるんだ?、どこへ行こうとしてるんだ?」、、、等
その難題にあえて辺見氏が答えようとしたのが本書であると思う。
写真を撮る、また見るという行為は
いかに暴力的、特権階級なことかとも内省させられる一冊。
わざわざ「見ない」ということも、政治的で
暴力的な行為かもしれないが、、、
資本主義と映像、アートの「危ない関係」も述べられている。
本書では触れられていないが、イギリスの小説家、評論家
ジョン・バージャー氏もより激しく、鮮明に
「イメージ Ways of Seeing―視覚とメディア」 や
「見るということ」で1970年代から危惧している
現象である。
写真評論本では珍しく、
ジャコメッリの写真自体のプリントの濃淡も
見事に表現されているのがうれしい。