先日、五歳下の友人と話していて、驚いたことがある。
マハーケイマ、クシティーガルバ、ウッパラパンナー、ミラレパ、マイトレーヤ。今でも私はこれらの単語を諳んじることができる。
ある種の世代の人々なら、小学校時代必死になって暗記した、こういた言葉が伝わらないのだ。これらは言うまでもなく、オウム真理教幹部たちにつけられた「ホーリーネーム」という名前のキャラ名である。
連日報道されるオウム事件は、確実に私の心を捉えていた。それは著者の次のような心情と重なり合う。
「三月二十日の朝、なにを思った?地下鉄の出入り口から無数の人々が咳き込んで這い出、路上でバタバタと倒れたあの光景・・・。
正直にいってみろ。
リモコン片手にワイドショーをザッピングしながら、ドラマではない、遠い外国の出来事でもない、この日本に起きた現実の出来事なんだと何度も確認して。恐ろしいねぇ、許せないねぇ、と口ではいいながら、そのときのおれは、心の底で暗い歓喜にうち震えていたんじゃないのか?」
劇的なドラマ、ホーリーネームというキャラの立った幹部たち、そこでは今までに見たどんな漫画やアニメより面白い物語が展開されていた。
9・11の映像のハリウッド映画との類似を指摘する声を大きいけれど、何のことはない、私たちはそれより5年以上前に「劇的な物語」を体感していたのだ。
物語の本筋ではなく細部の設定を楽しむ、瑣末で膨大な知識を暗記して悦に入る、物語の結末を自分で予想する・・・私にこんな「オタク気質」少しでもあるとしたら、それはこの時の経験が基盤となっている。
かつて、オウム世代を解説した本はもはや本屋にほとんどなく、私たち自身も「オウム世代」とカテゴライズされることは幸いにも免れた。
だが、私はなんとなく感じている。自分の人生のその後の歩みは「オウムの若者たち」の歩みをそっくりなぞっていることに過ぎないことを。だから、30以上年上の著者のこんな記述に心底驚いてしまう。
「おれはいまオウムについての文章を書いているのだが、書こうととすればするほど、それは結局自分のこととなってしまう。
おれは彼らがどんな育ち方をしたか手をとる取るようにわかるよ。オウム幹部の言動を聞いて、おれが思わず苦笑してしまうのは、それがあまりにわかりやすすぎるからだ。」(P95)
「クイックジャパン」に掲載され「竹熊健太郎」の著書をである本書を手に取る私のような人々は大なり小なり、「屈折した現代のインテリ(オタク)」である。
小林よしのり、大塚英志、宮台真司、東浩紀。これ以上、名前を挙げることは、恥ずかしいのでひかえるけれども、こういったサブカルな人々の言説を通して、80年代のポストモダンや思考ルーチンを追体験してきた経験があるはずだ。その過程で感じていったこと、考えていったことはオウムの若者たちのそれと驚くほど似ているのだ。
「現代の屈折したインテリ(オタク)は、そうしたイデオロギーが幻想であることを、幸か不幸か知っている。かりに、政治的な革命が実現したとしても、それがどうした、と彼は思う。革命の陶酔は、まさにそれが夢であることによって陶酔するのであって、実現してしまったら、あとはただの日常という名の退屈が待っているだけではないのか。」(P114)
だから、私たちはこういう記述にどきりとする。
社会的な事件が起こるたび、それを世代のこととして考えようという言説はよく繰り返される。最近ではロスジェネなどをキーワードとし、秋葉原事件が語られた。
だが、オウムは本当に「世代的」な話なのだろうか。確かにホーリネームというキャラ名を必死になって小学生が暗記する時代ではないし、その意味で事件は風化していると言えるかもしれない。
しかし、ポストモダン思想の自明化、サブカルの台頭、という今日の状況をみると、確実に「オウム的なるもの」のDNAは私たちに受け継がれているのではないだろうか。
「今回のオウム事件も内側の論理で語っていかないと、ドイツの敗戦処理と同じになってしまう。麻原がどうしてあんな思想を持つに至ったのか、それをひとつの価値として認めた上のそれを止場する価値観を提示していくことが必要なのだと思います。」(P156)
自身がいかにオウム的であるかの確認と、そのオウム的価値観との「折り合いの付け方」。私が、あの小学生時代から少しでもものを考えているとしたら、それはつまるところ、このことに尽きると思う。