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私が生きたふたつの「日本」
 
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私が生きたふたつの「日本」 [単行本]

篠田 正浩
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商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

「スパイ・ゾルゲ」は私の36本目の映画で監督引退作である。ジャーナリストでスパイだったゾルゲと尾崎秀実の背後にカメラを置くことで、私は日本の昭和史を正確に見ることができた。私がこの映画を撮れるなら、死んでもいいとさえ思ったのは、1931年に生まれた者の宿命として、自身が生きた時代をどうしても見直しておきたいと思ったからである。最後の監督作品「スパイ・ゾルゲ」に秘められた想いとは…。

内容(「MARC」データベースより)

昭和20年8月15日。この日を境に私は亡国の日々を送ることになったのだった…。戦前と戦後「ふたつの日本」の狭間に揺れる、虚ろな日本の精神を憂う著者の自伝。最後の監督作品「スパイ・ゾルゲ」に秘められた想いも語る。

登録情報

  • 単行本: 239ページ
  • 出版社: 五月書房 (2003/06)
  • ISBN-10: 477270390X
  • ISBN-13: 978-4772703901
  • 発売日: 2003/06
  • 商品の寸法: 19 x 13.2 x 2.2 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.0  レビューをすべて見る (1 カスタマーレビュー)
  • Amazon ベストセラー商品ランキング: 本 - 400,341位 (本のベストセラーを見る)
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形式:単行本
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ただ,「近松門左衛門以前の能,古浄瑠璃や近世に引き継がれた歌舞伎などの伝統芸能は,『死者の演劇』だった」(p.74)という指摘,天皇家が仏教徒で,菩提寺が泉涌寺であることの指摘(p.190),明智光秀の本能寺での謀反のおり備中高松の水攻めをしていた秀吉が「その密使を今か今かと待っていたのであろう」(p.203)の指摘は,いずれも慧眼を感じさせる。
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