この本は面白かったが,著者のスタンスが今一つわかりにくい。たとえば,次の言。「私は全面講和を主張した政治学者や歴史学者は,スターリンを批判したフルシチョフ演説の時点で筆を折るべきだったと思う」「彼らは吉田茂に『曲学阿世』と罵られても返す言葉はなかったはずである」(pp.134-135),「(憲法)九条はアメリカの日本に対する懲罰条項だという見方もある」(p.222)ので,「懲罰的な意味合いで作られた九条を新憲法の理想にすり替えることに私は従えない」p.223)。「アジアで日本はアメリカという軍事力でガードされたままである。兵役の義務を捨てたことで国家の存在は曖昧化してしまった」(p.226)。
ただ,「近松門左衛門以前の能,古浄瑠璃や近世に引き継がれた歌舞伎などの伝統芸能は,『死者の演劇』だった」(p.74)という指摘,天皇家が仏教徒で,菩提寺が泉涌寺であることの指摘(p.190),明智光秀の本能寺での謀反のおり備中高松の水攻めをしていた秀吉が「その密使を今か今かと待っていたのであろう」(p.203)の指摘は,いずれも慧眼を感じさせる。