福沢諭吉と中江兆民の没後百年の年に、二人の個性と業績を比較によって浮き彫りにしようとした試みです。著者の松永氏が主に中江兆民の研究に比重を置いた研究者である。福沢に対する記述が先行研究の咀嚼が無くやや平板なきらいがある。
「下部構造が上部構造を規定する」とのフレーズを思いだした。
しかし、松永の兆民に対する「理想主義」者との読み込みは思い入れと思い込みの産物との印象を受ける。兆民の漢籍と中国古典的教養と中国古代の理想政治・哲人統治に対する読み込みもまた同様に彼岸化された思い入れと思い込みの産物との印象を受ける。