おそらく英米の東洋神秘思想研究者向けに書かれたものを工藤澄子氏が日本語に翻訳されたのが本書である。目次は第1章・・・禅 第2章・・・悟り 第3章・・・禅の意味 第4章・・・禅と仏教一般との関係 第5章・・・禅指導の実際的方法 第6章・・・実存主義・実用主義と禅 第7章・・・愛と力 という結構になっていて、いわば禅の包括的な概論と呼べる入門書である。工藤氏の訳す日本語は極めて正確かつ明晰で曖昧な文章はなく、すいすいと読めてしまう。ところが、読後、あれっ、何が書いてあったんだっけと、覚束なくなる。これはきっと文章がクリアカットでありながら、禅というものが、西洋の論理や知性を寄せ付けない独特のアンチロジックを備えているため私たちの頭がついていけないからに相違ない。だから繰り返し読むことになる。すると滋味深い意味がじわっといたるところから立ち上ってくる。
たとえば、「答えは問いのいまだに問わざる以前にすでに与えられている」とか「何か困難にぶつかった時には、われわれはいつでも、仏陀の“悟り”の体験にその究極の解決を求めなければならない」あるいは「禅は、要するに、自己の存在の本性を見抜く術であって、それは束縛から自由への道を指し示す」に端的に言い表されている。
何度も立ち戻らなければ分かってこないけれど、かといって読んでも一向にピンとこないところもある。それが禅なのだ。そこから『臨済録』や『無門関』などを読めばいいわけだ。本書はそういうふうに仕向けてくれる格好の禅導入書になっている。