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最も参考になったカスタマーレビュー
6 人中、4人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
禅をベースにしながらも人間臭く面白い本です!,
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レビュー対象商品: 禅僧が医師をめざす理由 (単行本)
「しかしこの形骸化した仏法に新たないのちを吹き込むには誰かが行動するしかないだろう」このような熱い気持ちを持ち、管長という職を投げ打って、40代半ばという年齢で大学医学部に再入学した著者の想いには、ただただ敬服するなかりです。また、著者が師父との死別等を通して、いかに死を考えるようになったかが、よく伝わってきます。決して堅苦しい内容ではなく、興味を引き起こしながらグイグイと読み進めることができました。著者の飾り気の無い真摯な人柄も、行間にあふれ出ています。 禅に興味を持って、いろいろな本を読んできましたが、禅ってなあに?という方にもお勧めです。
8 人中、1人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 1.0
神を信じる者なら死を見届ける資格がある,
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レビュー対象商品: 禅僧が医師をめざす理由 (単行本)
禅宗、特に臨済宗は、死後の世界を信じていない。禅宗にとっては体と心は一体のものであり、片方が滅べばもう片方の存在もない。今まさに死に至ろうとする患者に対して、少しずつ、現世へのしがらみを無くすよう に諭し、患者が亡くなったとしたら、患者の意識は存在しないという事で、結局は、どのように死に至ったか を評価するのは、無神論のお坊さんだけだ。これは、究極の自己満足ではないのか。 自分は、禅ではいくら本人が悟りを得たと言っても、禅のメソッドそのものは、神に出会うものではないと思 う。世の中には聖母マリアが現れて、啓示を与えたとかいった話など色々な話がある。その中のいくつかには 本当の話があると思う。神は別に、禅で悟りを得る事により現れる訳ではないのだ。 人が無くなって、死後の世界へ導く資格があるのは、神を信じる者だけだと思う。 禅は宗教かもしれないが、神を信じない宗教家に死の水先案内人にはなって欲しくない。 また、神や死後の世界を信じない事を「宗教」として広めて欲しくない。 死神が死者を地獄にいざなうならば、行き着く先が苦痛の世界でも意識があれば救いもある。しかし禅僧が死 者をいざなう先が「空」ならば、なんとも救いが無いではないのか。
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