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最も参考になったカスタマーレビュー
7 人中、7人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 3.0
真摯な態度,
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レビュー対象商品: 禅と戦争―禅仏教は戦争に協力したか (単行本)
勇気ある本だと思う。戦前、戦時下の日本において、禅界に指導的な影響力をもっていた著名な禅者たちが、いかにして軍国主義に加担するような言説を生み出していったかを厖大な資料にあたって丹念に論証している。禅者である著者の態度は、その点で、とても真摯だ。 日本の倫理思想、特に仏教の倫理思想について、それが歴史的にどのような問題をはらんでいたのかを考えさせる本である。 星3つとしたのは、アメリカの禅者である著者の、日本の禅者たちの戦争責任を追及する厳しい視線の中に「それでは禅とは何か」という問いが浮かんでくる前に本書が終わっているからだ。著者は、戦争協力へと向かった日本の禅者たちが時流に合わせて教義をねじまげる付和雷同的な態度を告発しているのか、あるいは時流にかかわらず禅の教義そのものが戦争を肯定するものなのかをじゅうぶん明らかにしていない。 「戦争と禅」というテーマで、戦後の日本の禅者と著者が対話していくプロセスを、ぜひ、活字にして伝えてほしい。 続巻の刊行を期待したい。訳文は読みやすいが、かなり意訳している。
3 人中、3人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
「剣禅一如」と「増上心学」の違いに気づく時!,
By vivekatrek (大阪府枚方市) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 禅と戦争―禅仏教は戦争に協力したか (単行本)
塚原卜伝、足利義輝、上泉信綱、柳生利厳、宮本武蔵らの登場する剣豪小説では、「剣禅一如」という境地が理想として描かれる場合が多い。この剣術が中国武術に変わると、「武禅一如」を目指す嵩山少林寺(達磨大師創始?)の少林拳となる。そうした剣術や武術を戦争に格上げした「戦禅一如」と言うべき事例を本書で知ることになる。トルストイから打診された仏教指導者としての日露開戦批判について、釈宗演の返事は「釈尊は間違いなく不殺生を説いた。一切衆生は大慈悲心で統一されない限り、平和は決して訪れない。それゆえに互いに矛盾する物事を調和させるには、殺戮と戦争が必要となってくる。」(p.48)である。また、暗殺事件の容疑者を支援する山本玄峰の法廷証言は「仏教は人道の真の円満を根底となすが故に、之を破壊する者あれば、止むを得ず善人といえども之を斬るなり。」(p.134)である。こうした驚きの発言に、鈴木大拙、原田粗学、沢木興道らも並ぶ。 しかし、剣禅一如も武禅一如も戦禅一如も「世間の勧善懲悪」であり、ブッダ釈尊の説いた「出世間の仏教」とは言えない。なぜか? ブッダ釈尊の仏教は戒・定・慧が基本である。これを実践するアプローチには、「正語」の側から出発して「正見」を目指す「増上戒学(=戒)」と、「正念」の側から出発して「正見」を目指す「増上心学(=定)」がある。「増上戒学(=戒)」と「増上心学(=定)」によって「増上慧学(=慧)」に到達するのである。 さて、同じアジアでも、日本の禅は道元が13世紀(鎌倉時代)に中国から伝え、ベトナムの禅は毘尼多流支(ヴィニタルチ)が6世紀に中国から伝えた。日本禅より7世紀も早いベトナム禅には、「正念(i.e. sati=mindfulness)」を訓練する『律小』という例題集から「禅」の予備訓練が始まるが、ここに初期の禅の修行アプローチを見ることができる。つまり、「禅」のアプローチは「増上心学」なのである。 ところで、8世紀の中国では不思不観の坐禅による解脱を説いた摩訶衍(まかえん)の禅が流行した。チベット王はこの教えの反社会性を憂え、シャーンタラクシタ(寂護)の弟子カマラシーラ(蓮華戒)を招いて、摩訶衍を折伏させて龍樹がまとめた中観の教義を正統とした。ところが、日本の禅では摩訶衍の教義を排除していない。むしろ日本の禅に忍び込んだ摩訶衍の禅が、剣禅一如という形で新たな流行をもたらしたに違いない。 今こそ、ブッダ釈尊の仏教を覆ってきた猥雑物を取り除く覚悟が必要である。
3 人中、3人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
真言も天台も、鎌倉仏教の宗派の人も、他宗教の人も、無宗教の人も読んで下さい!,
By dc1−dc2 (東京都大田区) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 禅と戦争―禅仏教は戦争に協力したか (単行本)
この書を読むまでも無く、寺院参りをして見ると、禅宗に限らず、日本仏教全体が戦争に関わった事に気がつく。忠魂碑、慰霊塔をはじめとして、戦死者の石塔もいれてしまえば限が無い。日本軍に限らず、満州国軍のモノもある。これらが、曹洞宗寺院よりも臨済宗寺院に多いと言う研究報告もある。 或いは、戦争当時の、前線に赴いた仏教僧侶、境内で軍事教練をする僧侶の写真も残されている。 これらの事実を、感情的にも感傷的にもならずに、受け止める必要がある。そうしなければ、真の意味での日本仏教の発展は無いからである。また、それが、真に釈尊の弟子たる者のとる態度だろう。 戦後半世紀して、本書の様なモノが現れたのを、意外に思われる向きも在るかも知れないが、出るべくして出たと言うべき書ではないだろうか。 オススメである。
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