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禅という名の日本丸
 
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禅という名の日本丸 [単行本]

山田 奨治
5つ星のうち 3.0  レビューをすべて見る (3件のカスタマーレビュー)
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商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

日本人は、自分自身をどうイメージしてきたか?弓・石庭・禅など、日本文化の情報がどのように外国に伝わり、それが日本にどのように環流して、日本文化を組み替えていったか。意表をつく視点から日本人のセルフ・イメージを探る、知の冒険。

内容(「MARC」データベースより)

日本人は、自分自身をどうイメージしてきたか。弓・石庭・禅など、日本文化の情報がどのように外国に伝わり、それが日本にどのように環流して、日本文化を組み替えていったか。意表をつく視点で日本人のセルフイメージを探る。

登録情報

  • 単行本: 353ページ
  • 出版社: 弘文堂 (2005/04)
  • ISBN-10: 4335551010
  • ISBN-13: 978-4335551017
  • 発売日: 2005/04
  • 商品の寸法: 19 x 13.6 x 2.6 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 3.0  レビューをすべて見る (3件のカスタマーレビュー)
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By 黒口隊長 VINE™ メンバー
形式:単行本
本書、前半は「弓道」を通じて日本の精神世界の根源に徹したと言われる、ドイツの哲学者オイゲン・ヘリゲルを、そして後半は日本の精神文化の深みを代表すると言われる京都竜安寺の「石庭」を採り上げ、両者によって象徴される「日本文化=禅」の「深み」なるものの実態に肉薄する試み。タイトルからも推察されるように、本書はこれまで鳴り物入りで喧伝され、祭り上げられてきたそうした「神話的」とも言える日本文化のイメージの虚像を徹底的に解剖し、剥ぎ取る試みである。ヘリゲルによって紹介され、今日もなお多くの西洋人を呪縛している神秘的な精神世界としての日本というイメージがどのように作り上げられてきたのか、ヘリゲルを尊敬し、その著作に憧れを持つ人にはつらい内容である。関係文献を徹底的に網羅し、丹念に、周到に、執拗なまでに容赦なく切り込む著者の叙述は、圧倒的である。竜安寺の石庭にしてもしかり。我々が、「自分はこのように見られたい」というイメージを当のその他者から提示されたとき、類似の問題は繰り返される。著者が「これでもか」というぐらい執拗に提示する資料を読むならば、この「自己イメージ」の増殖の問題の深刻さと重大さから目をそらすことはできない。斬新にして周到、しかも鋭い画期的な論考。これはかなりお薦め!!!
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11 人中、9人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
形式:単行本
まず最初に、この本は禅の解説書ではない。

禅とは何かはさておき、日本文化はことごとく禅の影響下にあるかのごとく語られるのは何故かという点を、弓術と石庭を例にとって解明しようとする書である。

禅といえば坐禅だが、それに対して弓道は立禅と呼ばれる。まさに禅の思想にどっぷり浸かった武道であるというのが現在の弓道家の常識である。

また、京都龍安寺の石庭は一木一草もない白砂の上にゴロゴロと岩石を配置しただけだが、見る人によっては禅の公案のようでもあり、その美しさに深く感動するとも言われる。

一体いつからこう信じられてきたのだろうか。

人には他人から良く見られたいという欲求がある。しかし、自分の姿は鏡に映さなければ見ることはできない。我々は、他人から見た自分の長所(たとえそれが誤解でも)に自分を一致させようとしているのではないか。

自身の弓術修行体験を出版したドイツ人哲学者オイゲン・ヘリゲルと、禅を英語で巧みに語る居士鈴木大拙。武術から武道、弓術から弓道へ。欧米の禅ブーム。情報は伝達される過程でどのように改変されるのか。著者は情報学の立場から薄紙を剥ぐように謎に迫る。

著者は触れていないが、キリスト教徒である新渡戸稲造が英語で書いた「武士道」が逆輸入され、我が国における武士道観を改変してしまったのではないかという研究にも通ずるものがある。

現代武道に疑問を感じている方、古武術に興味のある方にも一読をお勧めする。

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11 人中、7人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
形式:単行本
 オイゲン・ヘリゲルの「弓と禅」が関わる前半の部分のみを評したい。著者はドイツで資料を発掘して、ヘリゲルの再婚のことやナチス党員であったことなど、これまで知られていなかった興味ある事実を報告している。しかしヘリゲルの弓道を手段としての禅の修行に関しては、気ままな推論に終始している。例えば、「それが射る」などということは伝統的な弓術家は言わないと断定しているが、著者の弓の師匠の稲垣源四郎範士さえ、弓射の離れは「あるものX」の命令によって意識を越えて行うべきであると、ほぼ同等なことを言っておられる。著者の弓道の修業はそこまで行っていないのか?また、禅の立場からヘリゲルを指導したことについて、阿波範士自身が「半箇の射聖を得たり」と「碧巌録」中の言葉を踏まえて明言していることも見過ごしている。
 ヘリゲルの矢が的まで届かなかった時に、阿波範士が「精神的に十分でない」からだと指摘している個所について、「まさか精神力で矢を飛ばすわけでもあるまい。矢が的に届かないのは精神がじゅうぶんでないからではなく、矢の初速に比して発射角度がじゅうぶんでないからである。」と評しているが、これは例えば、学校に遅刻した生徒が、「お前の心がけが悪いのだ。」と先生から言われた時に、「心がけで遅刻するのではありません。家を出る時間と歩く速度が遅いからです。」と口答えをしているようなものである。このような調子で、禅に無関心な著者の批判は、「弓と禅」の内容とレベルが合っていない。
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