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続く第二章の「対立する福音書ー『ヨハネ』と『トマス』」が本書の中心。ケスターの「この二書の著者は同じ資料に頼って執筆した」という主張を紹介するとともに、その理由として共観福音書がイエスを神の使者である人間と見なしているのに対し「『ヨハネ』と『トマス』は彼の形を採った神自身の光としている」というところをあげている(p.51)。しかし、もちろん両書には決定的な違いがある。それは「イエスだけが神の光の受肉であると主張するヨハネは、この光は万人の中にあるとするトマスを退けた」からだ(p.52)。「ヨハネの福音書はそのような熱い論争の中で、特定のイエス観を決定し、他のものを排するために書かれたもので」あり「トマスの福音書は『ヨハネ』のように、イエスを信じることを要求しない。むしろ人間ひとりひとりに与えられた聖性を通じて神を知ることを求めよ、と要求するのだ」と両書をスケッチし(pp.44-45)、「ヨハネはもしかしたらトマスを教えに反論する目的で自らの福音書を書いたのではないか、と考えた」(p.70)とまで推測する。なにせ、4福音書の中でヨハネだけが「不信のトマス」というキャラクターを創り出ているのだから。
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