著者の文章は「思想地図」「ユリイカ」などで興味をもって読んでいましたので、集大成である本書も期待して読みました。
あちこちに面白い指摘がありますが、文章が読みやすいとは言いがたく、そのあたりがどうかなという印象です。
まず、提示されている目次はたいそう魅力的なサブカルチャー論を暗示しています。
神話というキーワードから、アニメ論にゆさぶりをかけたガンダム論(アニメが物事を遠近で整理するとすれば、デザインの変更が「親密さの遠近感」をこわすとか、「喪の作業」を一連のシリーズに見ることができるとか、祭りの果たす役割とか)や、ケータイ小説と昔話の文体との親和性の指摘、ライトノベルの意味を考えるにあたって中国や台湾の状況をあげ、「作家に密着した」二次創作的様相を呈するそれと、日本のデータベース的それの違いの指摘、村上春樹の作品が「神話の二重言語」性を体現する好例である、など、ユニークな宝石のような知見が、やや観念的な文章のあいだに埋まっています。
引用してみますと
通常の物語の時間が、神話素のネットワークの時間によって浸食される『ねじまき鳥クロニクル』は、まさにこの二重言語性を具現化している。物語は物語で、一応は線的に進行している。だが、井戸やあざ、さらにはクミコが身につけていたアクセサリーがつねに別の次元においても共有されるために、物語の線的な進行はともすればその時空の記憶によって重ね書きされてしまう。村上の本領は、神話素にいわばちょっとずつ「文字化け」の履歴を積み上げてゆき、いつしかその外観をまるごと変えてしまうという類の演出にあったと言ってもよい。(201ページ)
こんな感じです。鋭い指摘に目を瞠らされもしますが、このページのみならず、全体にどのページを開いても「」つき、傍点つきの言葉が多い(ここではつけられませんでしたが)です。特殊な意味で使う場合の「」もあれば、一般的な言葉を単に強調したいために「」となっていることもあります。そのへんはもう少し、じっくりと整理してほしかった気がします。
また、ひとつの言葉について細やかに定義をしたり、例に踏み込みながら議論を進めてゆくというよりは、何かを述べたあと、すぐに概念的な学術用語を用いた言い換え文へとスイッチし、さらにそれをがっちりと受けとめたりすることなく、別の角度から、あるいはちょっとずらしたところから、新段落が始まってゆきます。どうつながっているのかが読み取りにくく、ときに気負いすぎた感じで、熟語、それも一般的ではない意味をになわされた熟語や用語が連発され、言葉が軌道を噛むことなく「すべって」いく、という印象を受けることもありました。たとえて言えば、論述に10枚必要なところを1枚だけにはしょってスキップしていったというか。
才気ある論述がスパークしつつ散乱、という感じです。
こちらがわに、晦渋な推理小説を読むように、じっくりと読み込んでゆく努力が求められます。
本の冒頭の「今日のハイパーリアリティ」の節で、ボードリヤールを用いてまとめているところは、もっとも読みやすかった箇所です。70年代以降市場では「現実のモノであれ虚構のモノであれ、高精度のシミュレーションを通じて、リアリティを濃縮し収束させることが新しい課題となる」むね、現実と虚構の新しい関わりを語っています。著者が「思想地図」などで展開しているのはおもにこのあたり。
全体として、神話学のみならず多くの学術書の知見が無造作にタグ的に引用されているため(正直こちらに素地が足りない部分もありますが)、しばしば問題をふくらませすぎてしまう印象もあり、次作では、この問題を高精度の「著者自身の言葉の論述」に凝縮して語ってもらえればと期待します。