「一本足りない」という言葉があるが、大槻ケンヂ氏は確実に「一本多い」と思う。
その多さ故に感じ易く、傷付き易い。心身症にだってなってしまう。
「霊感がある」と言いたがる少女は、自分を特別視したいのではないだろうか。
ありふれた存在でいたくないが、飛び抜けた才能もない。
そんな少女が自分と他人を差別するために持ち出すのが「霊感」ではないのか。
確かそんな考察を過去に書いておられたと思う。
ここで注意したいのは、大槻ケンヂ氏は、霊を肯定も否定もしていないという事。
「自分には視えないから存在しない」という理由は、根拠にならないのだ。
だが視えないのに「視える」と言う人間はいる。ピカソやゴッホを「理解している」と振る舞う人が多いように。
彼はそれを責めない。自分が特別でなくては遣り過ごせない時期があるのを、彼は知っている。
根が優しくて真面目な人なのだ。少数派の哀しさを知っている人なのだ。
少数派になることを熱望する少女達を見守る彼の文章は少し寂し気で、
やがて自分のバンドから巣立つ少女達を「良かったね」と優しく送り出す。
多数派にいると人生はラクだ。
決して多数派に成り得ない才能を持った彼は、見ていて少し痛々しい。
それでもエヘヘと笑う彼は、とても綺麗な人だと思う。