読もう読もうと思いつつそのボリュームなど様々な理由で躊躇している方。迷っている場合ではありません。傑作ですから今すぐ手に取ってください。驚くべき記憶力をもつ主人公が、軍隊内の不条理に合法的に、軍規を盾にとって闘争する3ヶ月。あっちこっちに飛んでいく記憶のままに、東西の古典文学から豊饒に引用し、重苦しくもあり、おかしくもある「ザ・小説」。召集以前の生活、特に恋愛関係も珠玉の出来栄えです。
こんな世界は生きるに値しないと思っているニヒリストの主人公が、そのつもりもなかったのに、不条理な支配関係や差別問題に抵抗していくなか、周囲の一般兵たちと奇妙な連帯意識が芽生え、生きる希望を見出していく、という中心的なストーリーだけでも気持ちいい。軍隊でこそ見出す逆説的な希望。
もちろん、作品舞台が対米開戦直後の1942年1月から4月であり、敗戦濃厚になって兵隊たち自身が威圧的で堅苦しい雰囲気を内面化する前だからこそ、軍隊内にまだわずかに民主的法律的な空気が残っていることになっています。主人公の合法的な訴えを聞き入れて戸惑う上官たちは、決して問答無用の鉄拳制裁をしない。
ト書き風、一人語り風、三人称、引用のみ、など節ごとに文体を自在に変化させているのもおもしろい。九州方言の語尾「ごたぁる」の心地よいリズムが耳を離れません。至福の読書体験をぜひ!