私は「水底の歌」を初めとする著者の一連の作品を愛好している。学問的成否は兎も角、既存説や学界の常識に捉われず、自由な発想で独自の説を情熱的に展開する反骨精神に惹かれるものがあるのだ。本書も題名に惹かれて手に取ったのだが、これは完全に期待外れだった。
前半は、現代社会における道徳心や宗教心の衰退を嘆く内容なのだが、現実に対する洞察力が乏しいため、一人よがりの記述が延々と続く印象を受ける。古代史の謎に挑戦するといった場合には、この独自性が光るのだが、現実社会という日常的な問題に関しては単にピントがズレているとしか思えない。第一、自らの事を"識者"と称する執筆家が居るだろうか ? スーパー歌舞伎の自画自賛も然りである。自己を客観視する能力が欠如した性癖の露呈としか思えない。親鸞、西田、和辻等を題材にした宗教・哲学談義にも見るべき点がない。縄文文化に関する賛美は首肯出来るものではあるが、従前の論を繰り返すだけで、この間にあった学問的批判に全く答えようとしない姿勢には疑問を感じる。周囲の批判を完全に無視した、「明らか」と称したアイヌ文化論は暴論と言っても過言ではない。
後半の私的エッセイに関しては言うべき点がない。全体として啓発される論考が皆無で誠に残念な内容と言わざるを得ない。