題名だけからだと誤解されるように、「神国日本」は、政治的な言葉になっています。しかし著者は、左右のイデオロギーの幕をかき分けて、文献から古代から中世への神観念の変遷を実証的に考察しています。また精神史では、当時の一学者の意見を、その時代の人々の考えと見なす無謀なことをよくします。しかし著者は、残存資料から、その資料周辺の熟読を通して、当時の民衆の宗教意識に肉迫しようとしています。
宗教現象学のエリアーデ風な概念や枠取りが底に感じられます。従来政治史から見られていた「神国思想」を、宗教史の、またコスモロジーの枠内で再度見定めており、中世民衆の宗教意識が新たな光で明るみにされています。
古代では、記紀の神々の序列を重視されて、神国の中から仏教思想の要素を排除する世界観でした。それが中世では神々がその序列を超えて各々上昇独立し、それらと仏の国とが共存できる世界観になっていきました。
次に神国思想は、通説のように仏教の辺土末法思想の克服から生まれたものではありません。逆に神々は、仏の垂迹であり、神々の上に仏がおられる構造になりました。これは仏教の日本への土着化と考えるべきことです。
さらに蒙古襲来時の政府の対応から推論されている神国思想を民衆を国家に動員するイデロギーとして使ったという通説も、支配秩序全体が危機の時に、支配層の求心力に機能したと見る方が正しいようです。
また神国思想の究極の目的は、天皇の聖化と考える人もいますが、中世では天皇は国家の機関としてのみ役割があり、果たせない場合は、天皇個人は容易く攻撃の対象にもなったようです。
最後に神国思想には、選民思想はありますが、別にインターナショナルな世界への指向性もあったようです。
大変刺激的で説得されます。但し話題の天皇制や靖国問題と、同じ土俵に載るのか。それには、また別の力業が要るなと思いました。