結論から言ってしまうと、この小説がら明確な主題を見出そうとしても仕方がない。しかしだからこそなのだがこの小説は「解釈しよう」という意思(愚行かな?)を捨てて普通に読むと物凄く面白い。語り手は複数になるのだが『俺』と称する男のエピソードは爆笑できるし、奥泉氏の技術に舌を巻くばかりだ。著者の作品を読んだ(といっても去年)のは初めてなのだが、これだけの小説巧者だとは思わなかった。その実力は作品内の時代を異なる人物の交錯やドッペルゲンガー現象的不条理にも満ち溢れた様々な仕掛けに十二分に発揮されている。
この作品を読んだ後、著者のエッセイ『虚構まみれ』青土社を読んだのだが、所謂旧来の純文学的制度とは距離を置き、新たな小説を創ろうとする発言があった。その主張を雑駁に説明すれば、<俗情>からの回避だ。そのスタンスによって新たな面白い純文学を書いてやろうとする試みは本作で見事に成功している。似たような立場で新たな小説を創ろうとして、耐えがたい程退屈な小説を書く保坂和志氏と著者では成果が比較にならない。奥泉光氏の作品は本作以外未読なため、これから読みあさるのが楽しみで仕方がない。