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対話形式で書かれた内容は、鋭い洞察に富み、かつ読みやすく構成されている。それは著者が精神科医であることや、70歳を超えているということ、そして常に人間精神について洞察をし続けていたということによって成し遂げられたものなのであろう。私にとっては目からうろこが落ちるような話であり、かつ心にすっと落ちてゆく内容であった。しかし、もしかしたら、「それでなに?」という感想を持つ人もいるかもしれない。
「人間の心」というものを深く追おうとすればするほど、どこまでも果てがないということは、誰もがうすうす感づいていることではあるが、その追いかけっこが人間の成長であり、また人間の歴史である、とあらためて気づかされた。そしてまた、誰が正気で、誰が狂気であるかというのも、結局その時代によって左右されているものであり、我々の知っている過去の歴史というのもその時代の一側面でしかないということも心に刻まれた。
しかしながら、「心」という深く難しいテーマであるのにさわやかな読後感を得られる本だった。
“昔の部族社会では、精神分裂病という病気はなかった。その代わりに、神がかりの形の精神異常だけがあった。呪術によって神がかりという病気にすることもできたし、またその病気から回復させることもできた。呪術的宗教の影響力が強いころは、それが可能だった。”と著者は、三大宗教の始祖たちが出現する以前の、部族ごとに一つの守り神がいた社会を分析する。
昔の部族社会において、“唯一神を創出することにより、抑圧された不幸な大多数の人間の救済を考えた。そして人間に寛容と慈悲と愛という人格的な理想像を掲げて、集団の精神療法をしようとしていた。”と、三大宗教の始祖たちが歴史的かつ社会的に果たした役割を解釈する。始祖たちの死後、弟子達は、始祖たちの神格化とともに、彼らの言葉の教典化を行った。しかしながら、その結果は、始祖たちが予見し得なかった呪術的治療への後戻りであった。
近代に入ると、分裂病のような治りにくい、孤独な病気が起こるようになる。このような、ニーチェが「神は死んだ」とよんだ時代のなかで、宗教の代わりに、精神的に異常をきたした人達を病人として引き受けるものとして登場したのが、精神科医であった。しかしながら、その精神科医は、診療室にいて、個々の病気の治療にとどまっているだけである。そこで、心理学をあえて人間社会の理想を説く“新新宗教”にして、精神科医は、治療的なコミュニティを作る必要があると著者は提言する。
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