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折角だから、何点か気になったところを挙げておこう。
1「祖父は健啖家ではあったが・・・グルメではなかった・・・鮎やビーフステーキもよく口にした・・・質素であった」ーこの時代に鮎やビーフステーキを腹いっぱい食べて、何が質素か!さすが、お坊ちゃま!
2吉田茂は11歳にして、巨額の遺産を相続したという。しかし、亡くなった時には邸宅以外の財産は皆無だったそうだ。戦後、極東委員会・対日理事会の天皇制への強い反対がある中、その維持存続のため、日本政府筋はGHQへの凄まじい接待攻勢をかけたという。結果、マッカーサーはその利用価値を認め、天皇制は形を変え辛うじて存続する。茂や麻生太賀吉はそこで極めて重要な働きをしたと思うのだが、肝心のその辺の事情については具体的には書かれていなかった。
3「皇室の始祖はすなわち民族の先祖」敬って当り前と茂。桓武天皇の生母、高野新笠は百済王家の末裔である。もっと言えば、日本民族自体、遥か昔、大陸から渡って来たのは間違いない。元は同じだ。だとすれば、著者の創氏改名発言などはもっての外だ。父・太賀吉を見習って、発言に気をつけては?「自国の歴史、伝統、文化には誇りを持ちたい」のは分かるが、歴史を歪曲し他民族を蔑視するのはいけない。
4来客に犬を嗾けるのは最低!(茂は面白がって見ていたという。)
5着物姿は歌舞伎役者にも劣らないー人はそれをお世辞という。
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