祈るということは、現代日本人には、理解しがたいものです。教育の場で、祈りを学ぶことは先ずありません。自分で身につけようにも、これこそ祈りだという理想型が社会にありません。今の宗教者の行いに、祈りを見つけるのは難しいものです。人間に元々具わったものか。己の中を覗いてみても、日本人に非反省的知識として、祈りがあるのかどうか。それさえ疑わしくなってきます。そのため、祈っていると胸を張る宗教人を見ると、いかがわしささえ感じてしまうのです。
本書の主題は、現代人には了解されにくいその「祈り」です。著者は、禅僧から医者に越境した人。「祈り」も宗派の教義から説かれていません。、誰でも自修できる数をかぞえる禅の呼吸法や分かりやすいH.ベンソンの瞑想法などから、祈りの心の在り様が説かれています。おかげで、特定宗教や養生団体に入っていない普通人でも抵抗なく読めます。
心に思ったことは、そこだけでは消えない。自分の心や他の人の心に影響を与える。それは、事実です。影響を受けた心が自分を再出発点にして、思ったことを実現する。そういうルートはあり得ます。しかし思い念じたことが、直接現実に働きかけ、何かを成すことができるのか。著者は、思いが現実に影響を与える例として、ナチュラル・ヒーリング(手かざし療法)を紹介しています。熟練者が、気を落とせば、外部に流せ、他の生命と交流できます。しかしそれは、小さな世界の中での話。個人を大きく越えたこと。強い定め。などに影響を与えられるのか疑問です。著者が祈る際の注意点を述べているところは、念ずる時と同じようです。しかしそれが人間の霊性を回復するのか。真の祈りとは、単に念ずるのではなく、絶対的なものへの帰依なくしてありうるのか。無宗教人間なのですが、読み終わって、そんな疑問に逢着しました。