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祈りの心身技法―十四世紀ビザンツのアトス静寂主義
 
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祈りの心身技法―十四世紀ビザンツのアトス静寂主義 [単行本]

久松 英二
5つ星のうち 5.0  レビューをすべて見る (2件のカスタマーレビュー)
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商品の説明

内容紹介

2009年度キリスト教史学会学術奨励賞受賞


座位前傾姿勢、呼吸の制御、心臓への意識集中、「イエスの祈り」の復唱…という、あたかもヨーガのような心身の実践により神の光の観想体験を得ようとした神秘主義運動。その結実はいまも全世界の東方正教修道生活の基本理念として生き続けている。本書はこの実践面にとくに焦点をあて、アトス静寂主義の全体像を析出する。

内容(「BOOK」データベースより)

座位前傾姿勢、呼吸の制御、心臓への意識集中、「イエスの祈り」の復唱―あたかもヨーガのような心身の実践により、聖山アトスで神の光の観想体験を得ようとした、東方正教の神秘主義運動の全体像を描く。

登録情報

  • 単行本: 352ページ
  • 出版社: 京都大学学術出版会 (2009/3/30)
  • ISBN-10: 4876987815
  • ISBN-13: 978-4876987818
  • 発売日: 2009/3/30
  • 商品の寸法: 21.2 x 15.4 x 2.6 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 5.0  レビューをすべて見る (2件のカスタマーレビュー)
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7 人中、7人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By kiyoda VINE™ メンバー
形式:単行本
ギリシャにアトス山というところがあって、その半島にはたくさんの東方正教会の修道院が建っており、そこで修道士たちが世俗を離れて静かな瞑想生活を送っている…
というのを、もう何年か前に『エーゲ海の修道士 ―聖山アトスに生きる』(川又一英・著)と『雨天炎天―ギリシャ・トルコ辺境紀行』(村上春樹・著)の二冊で読んで知り、とても心惹かれたものの、その後これといったよい資料にも巡り合えず、いつの間にか意識の表層から消えていった。
ところがひょんなことから「アトス静寂主義」と「イエスの祈り」というキーワードがひっかかってきて、再び「聖山アトスの修道生活」というものが意識の前景に「どどん」と立ちはだかる。
…とういことで本書を購入し、読んでみた。

「アトス静寂主義」には「イエスの祈り」という心身技法があって、それとヨーガや禅との関連性はこれまでにも指摘されていたそうだけど、
今あらためて読んでみると、それはヨーガや禅というよりむしろ理論的にも心身技法としても浄土教系「南無阿弥陀仏の称名」にはるかに近い。
しかしどうやらこの近似性は情報の伝播によるものではなく、日本とギリシャという離れた場所で偶然(ほぼ)同時発生的に成立したもののようだ(日本の浄土教系は13世紀、アトスの静寂主義は14世紀に完成)。
たとえば、「イエスの祈り」はローマカトリックの「ロザリオの祈り」とは違って、極めてシンプルな「主イエス・キリスト、神の子、われを憐れみたまえ」という言葉を繰り返すだけである。
そのさい数珠状の「チョトキ」を手にするが、しかしそれを祈りの数を数えるために用いるわけではない。
またこの祈りは何らかの「現世利益」を期待して唱えるものではなく、祈りを通じて神的一体化の極みに達すると「人は(向こう側からの)恩恵により神の光(タボルの光と呼ばれる)を見るという神秘体験を獲得」(『祈りの心身技法』久松英二・著、P10)できるらしい。
これは法然・親鸞らの「称名念仏」の概念と極めて近い。

この本がとても興味深かったので、著者の訳書であるオットーの聖なるもの (岩波文庫)も買って読み始めた。こちらもたいへん興味深い。
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5 人中、5人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
形式:単行本
一般的な日本人が接しているローマ・カトリック、プロテスタント的な西方キリスト教が〈身体〉を“魂が堕落させられた場”とネガティブに捉えて、人は生まれながらに原罪の身であることを自覚し〈十字架刑のイエス・キリスト〉をシンボルとして〈精神・心〉の昇天を願い「キリストであるロゴスを受け入れる」ことに徹するのに対して、本書主題となっている東方キリスト教ビザンティン修道伝統の「静寂主義(ヘシュカズム)」では〈身体〉を“魂を精製昇華させる場”といったような捉え方をしている。

西洋思想の原型とされているプラトンも〈身体〉を“魂の牢獄”と捉えていたことは有名だし、西洋的宗教哲学・神学思想(スピリチュアル思想)には少なからずプラトン的な見方が強く浸透しているように思う。西洋的なキリスト教にあって東洋的な心身を包括的に捉える考え方が強く見られる東方キリスト教の「静寂主義」とは副題にある通り14世紀のアトス修道界の修道士グレゴリオス・パラマスに端を発する修道思想のことで「心の静寂(ヘシュキア)」を求め“イエスの祈り”と呼ばれる単純な祈りと共に身体を使った技法で“神を観る”ことを目指す修道体系のことだ。

東方キリスト教の修道伝統は古代から連綿と続くものだが、本書では「静寂主義」を検討するため敢えて過去の修道体系の流れに触れずに考察を行っている。そのため話の筋が掴みやすく「東方キリスト教・静寂主義」に詳しくない読者にとって読みやすい学術書のように感じる。

先行のレビュワーさんも指摘しているが静寂主義に見られる“イエスの祈り”は、偶然とはいえ鎌倉時代に新仏教[鎌倉仏教]が興隆していたその頃の日本人の信仰と相通じるように見ることもできる。たとえば、法然・親鸞の「南無阿弥陀仏(ナムアミダブツ)」や日蓮の「南妙法蓮華経(ナンミョウホウレンゲキョウ)」の唱和に見られる単純な念仏に見られるように、静寂主義の祈りと同様、経の簡素化が行われている。

また、静寂主義の志向する「心の静寂」は、道元らに代表される鎌倉仏教の禅宗の修行実践を彷彿とさせてもいる。それは東方キリスト教が“神を観る”ことに傾注してインドのヨガに似た身体技法を行っていたのに対して禅宗では坐禅によって“仏性を観ずる”ことに傾注していたという点だ。

静寂主義では、修道者が「外面的には孤独な生活を送り、口を閉ざしたままであっても、内面においては落ち着きのない興奮で一杯になりうる」ことを理解し、それを防ぐ3つの方法を掲げてた。アメムリア、ネープシス、プロソケーの3つだ。アメムリアとは「気遣い、気掛かり、憂慮、期待、恐れ、思い悩みがない状態」のこと。ネープシスとは「考え思うことからの脱却、思考の脱却」のこと「心を見張ること」。プロソケーとは「注意、気をつける」こと「自分の心に気をつける」こと。これらの教訓を眺めると禅宗の修行者が心得て実践している生活態度などに符号するように思う。

日本仏教では密教の伝播から鎌倉時代の修行体系の細分化が進んだのに対して東方キリスト教・静寂主義では、修行体系の折衷的な面が見られ「密教・神秘主義」のような秘教的なものへの“先祖返り”のような流れが生まれたと言えるかもしれない。その静寂主義の秘教的でもある修道体系にインドのヨガに似た身体技法が組み込まれているというのは興味深い。東方キリスト教における神との「合一」体験は、インドの神秘主義との多くの符号点を見い出すことができる。
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