好きな男以外に体を許すまいと気を張って毅然と生きようとしても、結局、二進も三進もいかなくなって、
身を任すしかなくなってしまうという水商売の世界に生きる女の哀しい現実を描きながら、
美しき師弟愛を組み込ませ、またその師弟愛に少しレスビアン的なものも感じさせつつも、
この時代の花街の女性たちの匂い立つ美しさとやるせない哀しさを、見事に書ききっている。
公開の1953年は、終戦から8年。
まだ、高度成長による日本文化崩壊が起こる前の、最後の『古き良き日本』を保ち得ていた時代である。
と同時に、明治、大正という時代の流れとしての昭和初期の伝統や風習が、良くも悪くも続いていた時代といっていいだろう。
おしなべて、廃れずに継続されている文化は大抵、深部(精神的な部分)が消えて、表層(形式)だけ残るものだけど、
花街における“深部”というのは、結局のところ、三味線や踊りではなく、男たちの下心なのだから、
綺麗さっぱりなくなるはずがない。と思う。
そのやるせなさを、美しい日常の風景とともに淡々と映し出している。
それにしても、溝口健二という人は、女性を本当に美しく撮る。
しばしば、蚊帳、暖簾、掛けられた帯、などの隙間や影に女優を置き、
そういった物ごしに垣間見る横顔には、思わずうっとりと見とれてしまう。
この映画に関して、溝口健二は「会社のいうことをきいた間に合わせの仕事」と言っていたらしいが、
今の日本映画のレベルと比べたら、この完成度、奥の深さは素晴らしい。
そして何より、【品】が良い。
また、デビュー翌年の19歳の若尾文子の、酔ってふらふらになる初々しい演技もほほえましい。