「お客様は神様だ」という言葉があるがこれは世界では非常識だ。よくLouis Vuittonの本店はサービスが悪い、というが売り手が嫌いな客に対して売らない自由だってあるのだ。
本書では水戸さんというクレーマーが登場する。始めはただの口うるさくて細かい人なのかな、と読み進めたが頁をめくるごとに事態はだんだんおぞましくなる。水戸氏の自宅では毎日のように多くの企業の「水戸」担当が訪れ、そこでは延々と(明け方までのことも度々)水戸氏の説教と企業側の説明(なんと毎月企業の業務に対して報告しないといけないらしい)が行われる、という。本書では著者は水戸氏に対して好意的だが、私は違う。水戸氏は金を貰わないからたかり屋や総会屋とは違うとしているが、各企業に自分担当をおかせ、担当者に一切ねぎらいもなく義務でもない報告を強要させ担当に異常なストレスを与えて平然とする姿勢は異常の一言(まだ総会屋の方が良心的)、正直読んで吐き気を催した。
水戸氏は「世直し」のつもりでやっているようだが、一体何の権利があってするのか。客は神ではなく、何をやっても許されるものではない。商品に完璧を求めるのではなく、商品に足りないものがあったら使い方を工夫する、これが世界のスタンダードなのである。売り手に工夫を求めてユーザーはそれに胡坐をかき文句をたれるだけたれて一切努力しない。これは医療や教育では弊害が最近指摘されるが何もそれは医療や教育だけの問題ではないのだ。そんなに自身の意見を通したかったら筆頭株主になって企業を買えばいいのだ。水戸氏はその様に、自身の意見を通すべく努力をしているのか。意見をいうにもそれなりの資格がいるのだ。
最近ベトナムの食品加工では、「日本人は切り身がきれくないだのなんだの文句だけはつけるくせに安く買いたたこうとする」と日本人との取引を非常に嫌がるという。日本のユーザーを満足させようとしていびつな進化を遂げた携帯電話は世界では一向に売れない。消費者がなんら使い方を工夫せず企業側に無限の努力を強いる姿勢はグローバルから大きく外れているし、消費者自身もひ弱になっていく。いびつな工夫は水戸氏の遺志に反しかえって世の中を長期的には悪くしている、と私は思う。