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今日の社会において、「家族」は解体しつつあり、従来「家族」が担ってきた機能を担うことはもはやできない。この機能の担い手たり得るのは今日「国家」のみであって、それこそが「福祉国家」の新しい定義である。
こうしたスタンスから導き出されるものこそ、村上泰亮・公文俊平・佐藤誠三郎『文明としてのイエ社会』に代表される「日本イエ社会論」の徹底的な批判である(第2章参照)。それはつまり、イエをベースにした日本社会は家族・親族によって「福祉社会」を実現している、という「福祉国家不要論」に対する反駁なのである。
これは論争ではないから勝敗を論じるのは差し控えるが、「家族の解体」が「いま目の前にある現実」であることは間違いないだろう。今や、その現実にどう対処するか―例えば、否定的に対処するか、肯定的に対処するか―が、切迫したテーマとなっているのではないかと思う。
なお、他のレビューにあった「ジェンダー視点の欠落」という批判はそれ自体そのとおりであるが、この本が「反ジェンダー的」であるとは思わない。むしろジェンダー論は、この本と相補的関係を結ぶことも可能なのではないだろうか。
ある意味、本著から先に読む、或いは、本著だけ読むという
スタイルでもいいのかもしれない。
現在の社会学はどう社会に貢献するべきであろうか。
本著で最後に導かれる総合的福祉国家政策とは
一体どのようなものか。
社会が複雑化し、以前には想定されないような混沌とした状態の中、
国家の役割とは何か。
本著を通じ、深く考察したい。
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