戦艦という兵器は巨大な精密機械で、その性能諸元は搭載する主砲によって決定する。モンタナ級は50口径16インチ砲12門搭載を前提に設計されているはずで、敵が18インチ砲を持っているからといって即座に主砲を交換して戦力化できる代物ではない。まして米海軍初めての18インチ砲を搭載するに当たっての機械的仕組みの設計の全ては全くの白紙から起こされているはずで、最上級軽巡が15.5cm砲を20cm砲に乗せ変えて重巡になったのと訳が違う。本作で登場するケンタッキー級はまさにそのまさかが極短時間のうちに戦力化してきたもので、小説の進行上の「ご都合主義」の産物以外の何物でもない。他の作品で、40cm砲搭載戦艦を急遽中口径砲を多数搭載した異型戦艦に設計変更して短時間で戦力化してくる話もあったが、横山氏の売りは「実際にあったかもしれないリアルな戦艦の物語」にあるはずで、このようないい加減なお話を平気に出してくるようでは末期症状と言えなくもない。
また、本作の米軍は、ルーズベルトとその取り巻きばかりが登場して謀略を巡らしながら作戦指導しており、前線の兵士たちの姿が全く見えない。たたいてもたたいてもそれ以上の戦力で雲霞の如く沸いてくる米軍はまさにスターウオーズの帝国軍みたいだ。ルーズベルトが「皇帝」で兵士はクローン兵なのかと笑いたい位米軍は「先軍政治」に凝り固まった全体主義国家のような印象だ。なにか氏の本来の作品ではなくなりつつある。