短編と言えば私には即座にこの「砂の本」の名が浮かぶ。このボルヘスが自分と出会うという不思議な話から始まる。それぞれの物語が共鳴し、ボルヘスの筆で落ち着く。あるはずのないものがある。無限という名の螺旋。はじめもなければ終わりもない、「砂の本」。これが最後に出てくる。まるで憑かれたかの如く、本に執着するわたし。それこそが本の持つ魔力だ。数え切れぬ程の本の中で時にそうした幸運に巡り合う。この主人公はそれを隠したが、私ならきっと人嫌いになっても読み続けただろう。その他、収録されている汚辱の世界史には日本ではお馴染の大石内蔵助、吉良上野介らの物語、そう、「忠臣蔵」も載っています。それは時空を超えて語り合う者たちの声、そしてそれを受け継ぐ私達の声でもあります。語り継がれる物語、つまり、作者が死してもなお続いてゆくという意味では砂の本の主題に沿う。終わりがなく、それは私達の中でも絶えず螺旋してゆく。きっと次の世代にも。こうして私達は本を受け継いできたのだから。「砂の本」、これぞボルヘスの道。目がほとんど見えなくなったボルヘスが口述によって完成させた「砂の本」は私にとって短編小説の最高峰とも言える本です。