本書のことは『古本屋を怒らせる方法』(林哲夫著)で少しだけ触れられており、その店名の読み方を知りたくて、じゃなくて、その神秘的な店名に誘惑されて購入した。そして石神井は「しゃくじい」と読み、東京にある町の名であることを知った。著者は目録販売専門の古書店を経営されており、本書はおもに目録作成に関わる苦労話が「某月某日」という日記形式で綴られている。
著者はエッセイの名手といってよい。自身の体験を嫌味のない文体で綴っているところが一番の魅力のように私には思える。本書には興味深い話が次々に出てくるが、なかでも印象に残ったのは133−134頁で語られている増田晃という詩人に関するエピソードである。ある老人が著者の店を訪れた時に、その増田の詩集を手に取り、むかし増田とある詩誌で同人であったと伝える。さらにその後、その詩集を目録に載せたところ別の客から注文が来て、その人は戦地で最後まで増田と同じ部隊であったことを告げた。これを受けて、著者は「古本屋という場所は、きれぎれの時間や場所を知らぬうちに繋いでいる」と述べている。
その他にも、印象的な言葉がいくつもある。「世の中ひとつぐらい薄暗闇があってもいい」「この世界、とんでもない場所でとんでもないものが不意に現れる。そこで見送りの三振では情けない。」「ほしいと思って入札してもなかなか買えない。相手の高値に敗けて買えないのだが、実は欲しいと思う自分の気持ちに安くしか値を付けられなかった、ということなのだ」「本を買うのは、それを欲しいと思っている自分を買うことだという」などなど。
最後に、もうひとつ。ドン・ザッキーという怪しげな名前の人物が出てくるが、私はこの名前に取り憑かれてしまった。本書読了後、さっそくその出所である『古本探偵追跡簿』(青木正美著)も注文してしまった。