大正10年から昭和20年まで日本軍国主義に公然と反対しつづけた石橋湛山。その最初の10年ぐらいとその思想を簡単にまとめた岩波ブックレットの一冊。著者は最初に国民に定着している吉田松陰像をひっくり返す。松陰は伊藤博文など多くの明治の元勲を教育した指導者という考えが広く国民に信じられている。しかし、松陰の幽囚録(手記)が師の佐久間象山にひそかに届けられたとき、象山はその末尾に朱筆を入れて、そんな考えはやめろ、と忠告して返したという。(その返信を松陰が読んだかどうかは分かっていない)。著者の井出孫六は幽囚録を読んで愕然とした。松陰はカムチャッカから台湾、ルソン(フィリッピン)満州までを手に入れようと述べている。そして黒船の衝撃からわずか50年にして松陰の描いた誇大妄想的青写真は彼の弟子たちにより現実のものとなりつつあった。日本人の多くが松陰の妄想に酔いしれていたとき、湛山は四半世紀にわたり、それに反抗しつづけていた。このブックレットはその有様を見事に描ききっている。