「バレンタイン」で始まり、「ホワイトデー」で終わる十四の短篇集。
翻訳家・柴田元幸の小説と聞いて最初に興味を持ったのは、「舞台はどこなのだろう?時代はいつなのだろう?」と言うことだ。そして、それは日本であり、著者の幼少期から現代だった。どの短篇の主人公も、“まるで”柴田元幸なのだ。エッセイに限りなく近い小説。エッセイは事実にある程度規定されるけど、そういう意味で小説は自由だ。身辺を描きながら幻想を交えることが出来る。過去と現代を往復できる。もちろん小説にも“小説でなければならない”という形式論的な不自由さはある訳だけど。この短篇集には、少なくとも“あの柴田元幸が初めて書いた小説”という周囲の過剰な期待に縛られるところはない。エッセイの延長線上のような力の抜け具合で成功している。小説家としては、うまい滑り出しのような気がする。
日本の、しかも著者の身辺や思い出をモチーフにしながら、これは訳しても通じるだろうという普遍性を持っている点は、さすがだ。
「バレンタイン」で“君”は“かつての君”に語りかける。「僕は十代より二十代の方が楽しかったし、二十代より三十代の方が楽しかったし、三十代より四十代の方が楽しい」。僕もかつての僕にそう語りかけることの出来る僕でありたいと思った。