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5つ星のうち 4.0
大器晩成の白川静と活劇さながらの梅棹忠夫との対比が面白い,
By YRTS "SUN" (東京都区部) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 知の越境者―私の履歴書 (日経ビジネス人文庫) (文庫)
生い立ちから晩年までを日経紙上の連載で自ら語る「私の履歴書」シリーズ。本書では、漢字研究を柱とする古代中国研究の泰斗・白川静、インド哲学者の中村元、 民俗学者の梅棹忠夫、分類困難?な梅原猛の4名の学者が、一冊にまとめられている。 編者の意図とは思わないが、ちょうど学究の徒の度合いが高い順に並べられている。 本書を手に取った目的は、もっぱら白川氏にある。 70歳を超えて出版された「字統」から続く字書三部作をもって、大いに世の知るところとなったため、 梅棹氏や梅原氏らに比べて本人の実像が不明であった。本書により学究のプロセスが漸く理解できた。 福井の一般家庭に生まれ、小学校卒業後に大阪の府会議員の事務所にて奉公、そこで漢籍に親しむ。 その後、病気療養あり夜学での卒業資格取得あり開戦ありで、立命館大学を卒業したのは33歳。 その頃より中国の訓詁学における矛盾の解消を卜字に見出し甲骨文・金文研究に没入、還暦ごろ完成。 以後、岩波などで一般向け書籍を次々と著述し、世人の知るところとなる。まさに大器晩成である。 もう一人、本書で面白かったのは梅棹氏である。ここまでアクティブな人とは思わなかった。 こちらは西陣の商家に生まれ京都一中、旧制三高、京都帝大とまさにエリートコースを歩むのだが、 京都一中時代より山岳部漬けの日々が始まる。今西錦司などの彼のコア人脈は即ち山岳人脈であった。 帝大時代にはミクロネシア・中国東北部・モンゴル調査探検と規模が拡大し、民俗学への下準備に。 パキスタン・アフガニスタン・イラン・インドへ、戦後初めての海外学術探検に赴いたのが35歳。 帰国後にその経験を元に発表したのが、あの「文明の生態史観序説」である。本質は探検家なのだ。
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