間違いなく、代表作になると思う。
夫が失踪して十数年の歳月がたち、主人公は、母と、父の顔を覚えていない年ごろの娘と三人で暮らしている。一応、恋人もいる(妻子持ちだけれど)。
というようなストーリーの小説が今までどれだけあったかわからないが、これだけ「喪失」というきわめて文学的な(それだけに紋切型になりがちな)テーマにきちっと向きあった小説も少ないと思う。
男と一体化して子を産み、そして子と一体化することで男から離れ、いつしか子も成長して自分から離れて行く。そしてかつて自分と一体化していた母は、確実に老い、死に向かってゆく。また自分も、死の世界の男から、呼ばれるようにして、死に近づいてゆく……という、神話的ともいえる話型が、身体感覚にリアルに迫ってくる。
そして、真鶴、という絶妙な設定。東海道線下り電車のあの独特な光景は、まさに生から死に向かう気分を象徴している。
以前から「川上弘美はたべもののことを書いてるところはいい感じにリアルだけど、男女のことになると逃げてる感じだよなあ」って思ってたけど、今回は、逃げてない。なまなましいよ。文体も今までとは変わっているし。あまくせつないだけじゃなくて、言いようのないふかいかなしみが、しんしんと伝わってきた。リアルで味わいのある細部の積み重ねから。
好きなところも、いいなあ、と思うところもたくさんあったけれど、うまく伝えられない。部分じゃなくて、全体の流れとして味わいたいところばかりで。川上弘美の小説の中で、一番好きだな。