この回想録は2部に分かれる。軍人としての淵田と、キリスト教伝道者としての淵田である。この回想録の前半がキリスト教伝道者に引っ張られて、反省・反省のいわば自虐的なものだと面白くないと思って読んだがさにあらず、バッチリと軍人・淵田が息づいていた。語られていることは、すでに知っていることも多いが、ミッドウェーの海戦がその前のドゥーリトルによる東京爆撃に矜持を傷つけられた山本五十六の云わば復讐で、戦略的な合理性を欠いていた、といった指摘は戦争の人間臭さを感じさせて面白い。この回想は事実があってから随分と時間が経ってから書かれている。結果が分かってから書かれているのだから、多少とも我田引水的な点があるのでは?と思うがよくわからない。その点は、中田整一氏の親切な解説で補われている。後半の伝道者としての回想は信仰の問題だから、色々の読み方があるだろう。