先の大戦を冗談半分で考えるのでもないし、淵田氏を馬鹿にするのでもないが、例えば氏の自伝などを読むと何となくユーモラスな感じがして仕方がない。無論、戦時中は雲の上の人のような(元海軍水兵の伯父のことば)立場で正に軍の活動を指示、実行してきた人だから批判は免れまい。であるのに、どこか人間の本質の部分において漠然とした魅力を感じる。亡き司馬遼太郎氏が『街道を行く』(朝日文庫第1巻「竹之内街道」)中に淵田氏と語り合ったことを書いておられるが、どこか大らかで、笑顔を催すがごとき部分である。私ども大和(奈良県)人は南・東部の山中に対して、北・中部(所謂奈良盆地)を「くんなか」(国中)と呼ぶ。春風駘蕩とした、何ともぼんやり、のどかな土地柄感がある(と少なくとも私の身近な人々はそう思っている)。かつては日本の首府であり、数々の紛争・謀略の舞台であったにもかかわらずである。まさか淵田氏の人間性を、そんな非科学的同情論で分析せんとするわけではないが、かかる意見を少しく頭にお持ちになって、氏の人生について考えていただければどうだろうと思う。