近年手に取ったスポーツノンフィクションの中では出色の出来といえる一冊だった。
高校時代の江川卓に焦点を絞り、その凄さを(特に高校1〜2年の凄さを)彼と対戦した高校球児(主に地元栃木の高校球児)や対戦校の監督、そして作新学院のチームメイト・当時の監督へのインタビューを通じ描き出した作品。
作品中、江川自身の発言は殆んど紹介されていない。インタビューが殆んど行なわれなかったのではなく、著者は全てのインタビューが終わった後、それらのインタビューを全て江川に見せ(聞かせ)ながら、彼に対し長時間のインタビューを行なっているように思う。そして、その中で印象的な発言のみを作品中で紹介したのだと思う。もちろん、あの江川卓なので、自分の凄さを自分自身の口で語るような発言はまったく無い。江川の凄さを語るのは全て他人だ。
また、甲子園で江川と対戦し投げ勝った、銚子商業土屋投手、広島商業佃投手、そして実力を持ちながら江川がいるばかりに二番手投手となってしまった大橋投手の物語をサイドストーリーとして描き出している。他に言及している方もいるが、このサイドストーリーがこの作品を奥行きの深いものとしている。
江川と対戦した誰もが、当時の彼の凄さを、そしてその彼と対戦した自身の経験を、つい最近の出来事のように詳細に語っている。それに対し、江川のチームメイトだった人達の口は重い。監督でさえそうだ。30年という時を経てもまだ当時のわだかまりみたいなものが残っているかのようだ。
それを象徴するのが、江川とそのチームメイトは卒業後一度も集まっていないという事実。もうひとつは、当時のチームメイトの一人が若くして亡くなったことを著者が知らせるまで誰も知らなかったという事実だ。
40歳台前半の筆者は、全盛期ではないとされるプロ野球投手としての江川卓の姿しか知らない。それでも、投球フォーム、佇まいは怪物のそれであった。100球肩だとかいわれた晩年においてもそうだった。
そんな、筆者にとって「高校時代の江川卓」は伝説の投手だったが、この作品でその伝説に触れることができたように思う。