ナイチンゲールの「看護覚え書き」は、看護のバイブルとして、また多筆なナイチンゲールの著書の中でナンバーワンの知名度を誇っており、本邦でもこれまでいくつもの翻訳本が出されただけでなく、版も幾度も重ねられて出版されている。原著の「看護覚え書き」には大きく二つの版があり、1859年版初版と1860年版増補改訂版である。現在我が国で一般的に翻訳・出版されているのは主に後者1860年版増補改訂版の方であり、前者はわが国ではあまりお目にかかれないという。本書はその前者を忠実に翻訳した試みの一冊である。
本書の訳者の一人小玉香津子は、訳者まえがきで、初版を紹介するに当たり、初版を尊重するからであると述べている。それは、初版がもうすでに完全性を持ったものであり、看護の本質や看護する者に作用して向上ないし再生させる要素は、初版で十分述べられているとみている他、初版・増補改訂版両方見てきた小玉にとっては、初版に著者の真実の要が語られてると確信し、初版には「“追って加えられたもの”は差し置き、ひもとく意味がある」と主張している。増補改訂版の“追ってくわえられたもの”は、「補章 Supplementary Chapter」であり、これはあくまでサプリメント、不足を“補う”」ものであり、サプリメントなしで必要な栄養を“読み”“摂る”過程にこそ、本来の格別な味わいの深さがあるという。
翻訳は一応「看護学的に内容を確認しながらも解釈を加えることは一切退け、原文に充実に行なった」とある。内容に対する意見は他の出版社からの版のカスタマーレビューを参照して頂いて結構だが、本書は一応、ナイチンゲール自身がロンドンの病院や戦地の野戦病院等で「経験」「観察」してきたものをベースに19世紀中盤の英国人女性向けに書かれたものなので、日本の風習・慣習・文物にはそぐわない部分もまま見られるものである。看護婦(本書ではあえて「看護婦」が用いられている)も、シスターも含めた病院の職業看護婦と、メイド・母親・女教師・姉妹といった「家庭看護婦」という括りになっており、いわゆる「現代的な」意味での国家資格「看護師」のイメージとはかなりかけ離れたものであり、看護は専ら女性が身に付けるものであり、男性の医師とは立場・プライドが全く異なるという位置づけである。しかし、時代が下がっても、看護の本質をズバリ言い当ててる面は時代を超えて受け継がれるものである。特にナイチンゲールが口を酸っぱくして述べてる「経験」と「観察」は最もたるものだし、123ページ第12章「希望や助言を気楽に言う」も、「経験」と「観察」から重要な意義・耳の痛い要素が込められており、現代人にとっても一読するべき一冊だろう。
最後に、第4章「物音」の最後のページ72ページ「註記」で、音楽に対するナイチンゲールの私見が書かれているが、連続音の可能な人の声・管楽器・擦弦楽器はよい効果を与えるも、ピアノのような連続性のない音を出す楽器は逆効果・どれほどよいピアノ演奏でも病人を害すると言ってるのは意外だった。音楽の効能についてナイチンゲール自身も見出そうとしているが、その効果をしたためたものはナイチンゲールの時代にはなく、また費用がかかるというので全体的に用いるのはまったく不可能だと断言しているが、一台でいくつもの音を出せれる電子楽器や様々な音楽再生媒体が広く一般的に普及し、音楽療法が注目され続けようとされてる現代では、この「註記」は、連続性の有無の楽器云々も含めて、再考するべきにあると思われる。