本書(灰谷健司『相続の「落とし穴」 親の家をどう分ける?』角川SSコミュニケーションズ、2008年9月25日発行)は相続問題をテーマとした新書である。人は一人で生きているわけではないのではない。どのような人にも両親は存在する。それにもかかわらず、「相続紛争なんて金持ちの話で、うちには関係ない」と考える人は少なくない。
それが誤解に過ぎないことを本書は明らかにする。著者の肩書きは三菱UFJ信託銀行財務コンサルタントであるが、相続対策に信託を勧めるという類の商売っ気はない。何故相続で紛争が起こりやすいのか、紛争を回避するためにはどうすればいいか、を分かりやすく説明する書籍である。
相続で揉めている人が多いにもかかわらず、耳にすることが少ないのは「相続というのは究極のプライバシーなので、よほど親しい親戚や友人でも、なかなか立ち入った話をすることはできない」ためである(48頁)。本書では現実に相続紛争が増加していることを家庭裁判所の相談・調停・審判の件数の統計データを引用して立証する。
著者は相続が揉める理由として「民法改正と権利意識の向上」を挙げる(51頁)。戦前の封建的な家制度の下では、長男が家督を継いで全財産を相続するために相続紛争が生じる余地は少なかった。戦後民主化の一環として民法が改正され、相続人の均分相続が定められた。さらに戦後の平等教育によって、男性も女性も長兄も末子も平等であるという意識が浸透したためとする。
この著者の主張は一面の真実であるが、全てを説明するものではない。相続人皆が民法の規定に従い、相続人に均分相続させるべきと考えているならば紛争は生じない。紛争は意見が対立するから起こる。相続人の一方は均分相続を期待するのに対し、他方は戦前的な長子単独相続が当然と主張するから紛争になる。その意味で「民法改正と権利意識の向上」は紛争の一因であるが、全てはない。法の下の平等や戦後民法の価値観を受け入れようとしない人々が根強く残存していることも、相続紛争を生じさせる要因である。
また、本書では血縁の相続人同士よりも相続人の配偶者が口を出すことが紛争を激化させると指摘する(58頁)。
本書では相続紛争回避策として、「事前の話し合いが重要」とする(114頁)。これは的を射た主張である。被相続人没後に相続人の一人が遺言書を発見したとして提示しても、被相続人の意思で書かれたものか検証不可能である。そのため、紛争になることは目に見えている。上述の訴訟でも遺言書の有効性が争点の一つになっている。莫大な遺産があるわけでも兄弟仲が険悪でないにもかかわらず、相続紛争が起きてしまう原因が理解できる一冊である。