内容(「BOOK」データベースより)
明治四十二年開館、鉄筋構造ドーム屋根、東洋一の大きさの国技館は、従来の相撲場が直前に木材を組んで作り、興行が終わればすぐ取り壊す掛小屋だったことを考えると、革新的なものであった。しかし、国技館設立の目的は相撲場の改革だけではなく、相撲道の改革にもあった。相撲を品位あるものとし、真のプロスポーツにすることを目指したもので、投げ祝儀の禁止、力士の羽織袴での場所入り、行司の烏帽子直垂着用、幟・積樽の廃止、東西対抗制導入などはこの一環であった。これらの改革なくして、名実共に国技の地位を得るのは難しかったと言える。
内容(「MARC」データベースより)
明治初期、文明開化にそぐわないとして一時滅亡の危機に陥った相撲が、国技館誕生を期に近代化を果たしていく姿にスポットライトを当てる。国技館という館名の決定の経緯や、力士報酬制度についても詳しく述べる。