甘ったるい、具体的な話はほとんどない(あえて言えばクオリア論は一つの具体例か)、超本格的な哲学書。
相対主義は、それを主張する相対主義者をも相対化してしまうので、相対主義は無限後退に陥る。
ここまではありがちな話である。
だが、筆者はこの「無限後退=外側のない枠組構造」に着目し、延々掘り下げていく。
これまたよくある相対主義の議論で、実在論の問題がある。
実在論には、実在が認識に依存しているという形の実在論と、実在は我々の認識から完全に切り離されて独立に存在するという実在論がある。(後者が狭い意味での実在論と
なる)
一見後者の実在論の方が素朴だが、この実在論は「我々の認識」と「実在」の距離を限りなく遠ざけてしまう。
さて、この無限後退によって、「私達として想定不可能であるもの」「「私達として想定不可能であるもの」であることを想定不可能であるもの」「「私達として想定不可能であるもの」であることを想定不可能であるもの」であることを・・・」として繰り返していった、その最果てこそが、上記の「実在」がある。
かくして、相対主義の極北と実在論が一致する、という話である。
個人的には「実在」概念の取り扱いがいささか気にはなるが、非常にスリリングで鋭く興味深い論考である。