オリジナルとは何か?と考え始めると結構ややこしいですよね。
例えば、夏目房之助が解説で触れていた中上健次の全集では、原稿は圧縮されて改行がなく、時には電話で編集者に書かせることもあったので、本人が推敲して作品として認めている前提で単行本がオリジナルとして採用されています。
僕としては、いろんな『坊っちゃん』をそれぞれの趣として楽しめるといいなと思っています。
音楽だったらRemixとでも言いましょうか…。
実際、この本に取り上げられている問題以外にも装丁が違うだけで一つの作品が色々な顔に見えてきます。
僕は『坊っちゃん』が好きなので何度か読み返していますが、その時の気分によって出版社やサイズを選んで読んでいます。
余談ですが、どうせなら『草枕』や『二百十日』と一緒に『鶉籠』として文庫化したり、初期の短篇も『漾虚集』のタイトルで文庫本があってもいいのになあと思うくらいです。
で、この本ですが、なんだか手書きの楽譜のコピーとデモテープを一度に手に入れたみたいですごくドキドキします。
まるでミュージシャンがこれからレコーディングするための音楽の素材のようです。
だからこの『坊っちゃん』は、
元の『坊っちゃん』
というより
『坊っちゃん』の素
なのだと思います。
ミュージシャンが音楽の素(素材)を手探りであーだ、こーだ考えながらレコーディングする、あるいは子どもが泥をこねていておもむろに何かが出来上がる、あるいは河原で小石を拾う、…そんなイメージが浮かんできます。
何より素晴らしいのはこの本がきちんと読むことを目的として作られていることですが、おかげで僕はさっそくこの贅沢な遊びに参加しているところです。
(ただ、帯のコピーはいただけないと思います。)