脳血栓を患った老作家・泰淳は、ふらつきつつ、妻に体を支えられつつ散歩を続けた。散歩中、とめどもなく流れ出る思考、妄想、思い出。鮮烈な印象で語られる愛妻の姿とその日常。そしてそれらを、字が書けなくなった泰淳のかわりに口述筆記したのは、妻その人であった。
このように入り組んだ形で成立している本エッセイ集には、八つの散歩が収められている。最後二つの散歩は、泰淳が愛妻と盟友竹内好と連れ立っていったロシア旅行の話であるが、この二つの話は、同行した愛妻が書いた旅行記(『犬が星見た ロシア旅行』武田百合子著、中公文庫)と是非あわせて読まれたい。泰淳がいかに妻を信頼しきっていたか、そして妻の方も泰淳をいかに信頼し大切にしていたかが、何気ない描写の端々から、よく伝わってくる。