今からおよそ50年余りも前に書かれた作品とは思えないほど、新鮮である。そして人物の心理描写が卓越している。
たとえば、「ミセス・プリンの困ったところ、世界の困ったところ」での老婦人と介護士との心の葛藤は、今日のどこかの老人ホームでも起こりうる。アメジストのブローチをめぐっての二人の心の動き、介護士の冷たさ、死の床にあっても「物」を守ろうとする老いた心の描写が心憎い。
「人間の最良の友」は、「生まれながらの失敗者」とともに読む者の心を明るくする力を持っている。ハイスミスの作品で典型である、人生に失敗して打ちひしがれ、自殺を選ぶ主人公が、二度、「上品な」犬に救われ、次第に自信をとり戻し、人生をやり直す。微苦笑を誘う物語である。
ハイスミスは死や自殺をよくテーマに取り上げるが、いずれも情緒的にではなく、それでいて核心をついている。「目には見えない何か」は、あらゆる男性が一目見ると足下にひざまずくと言う魅力的女主人公が決然と自殺を図る話だが、終わりまで読むと納得できるから不思議である。
ハイスミスは、「負け犬」の心情に詳しく、誰しもの心に巣食う悪をあばくのに長けている。彼女の作品は、時に、謎解きミステリーの域をこえて、読む者の心をゆさぶる。本書は、一度紐といたらたちまちにしてその魅力に取り付かれ、一気に読み通してしまう種類の書物である。