死を決心したときに、初めて生を実感できるという作者の考えは『葉隠入門』で書き表されているが、本書はその思想が根本としてある。生きるものはすべて死に向かっているが、我々は普段それを意識せずに生活する。と言うより、生活そのものが死に向かっていることを隠す。そのため、我々は生きているだけでは生を実感できない。恋に破れた明秀と清子は死を直視したとき、こうしてぬくぬくと生きながら死を待たなければならないという苦しさを感じたに違いない。もっとも、両者がどのような思考の経路を辿って死の決心に行き着いたかは異なるかもしれない。本書で詳しく描かれているのは明秀についてのそれのみだからである。
一方、話が進行していく中で、明秀に対する藤村子爵・夫人の位置関係が変化していくことが、本書を重層的にしていると思われる。夫人に対して持つ子爵の疑惑は、明秀の描いた失恋の疑惑と異なっているようで実は同じ感情機構のように見える。なぜなら子爵も明秀と同様に、自分の感情を秘密にしていると考えられるからだ。
作者の若い頃に書かれた作品だけにアフォリズムが目立っている。そのため少しうるさく感じてしまう部分もあるが、繊細な内面描写と、最後の一文のために計算し尽くされた構成の巧みさはその頃から健在であり、作品を奥深いものとしている。