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白龍の神導き 沖縄 宮古島・伊良部島
 
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白龍の神導き 沖縄 宮古島・伊良部島 [単行本(ソフトカバー)]

吉岡 学

価格: ¥ 2,940 通常配送無料 詳細
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商品の説明

内容紹介

「白龍の神導き 沖縄 宮古島・伊良部島」を読む5大メリット
1、沖縄・宮古島・伊良部島の本当の意味や素晴らしさを理解することができます。
2、心迷いや神迷いをしている人たちの参考書として活用できます。
3、地球を守る大切な沖縄の聖地の意味や役目をわかりやすく解説しています。
4、読み進めるだけで魂が守護存在や神様とシンクロするのを感じられます。
5、2007年の天の岩戸開き神事で降臨された 龍球王国の宇宙神十五神を一挙公開! ※三年間の封印を解き、名前を呼ぶだけですぐに現実が変わる素晴らしい力を持った宇宙の神様たちです。

レビュー

神の島 宮古島・伊良部島
沖縄本島の南西には、美しい海に囲まれた宮古列島が広がっています。ここはかつて琉球王朝の支配下だった為に、本土には無い独自の文化や風習が色濃く残っている島です。観光名所も少なく、あまり知られていなかった宮古島が世間に注目されるようになったのも、船井総合研究所の船井幸雄さんが『これから10年|愉しみの発見』(一九九五年発行)の著書で宮古島の「パワースポット・石庭」を紹介したことがきっかけでしょう。私自身が「パワースポット・石庭」を初めて知ったのもこの本ですが、大手流通業に勤めていた時に、滅多に行かない本屋に立ち寄り、偶然、手にした本の中に宮古島の紹介と「パワースポット・石庭」の写真を見た事が全ての始まりです。当時、日本にこんな場所があった事に驚き、すぐにでも行きたい気持ちになりましたが、まだ今の自分が行くべき場所ではないと感じたので心の中にしまったままになっていた場所が宮古島でした。
二〇〇四年が明けると自分の守護存在から許可が降りた気がしたので、宮古島の地図を手に入れて広げてみると、「大神島」が自分を呼んでいる気がしました。「ここだけは、必ず行かなくてはいけない」そう強く感じました。
出発の朝、千歳空港は猛吹雪。千歳空港で数時間待って流れたアナウンスは、「全便欠航」。空港内で待ちくたびれた数千人からは、落胆のどよめきが起こりました。その時「ハッ」と待ちくたびれている自分に気付き、「それでも、お前は行くのか?」と天に問われている気がしたので、すぐに自分の決意を再確認しました。私の魂は、「何があっても行く」と決意していました。今日中に本州に入る為には、一度、札幌駅へ戻ってJRに乗る必要があるので、吹雪の中を三時間揺られてやっと札幌発青森行きの寝台列車に飛び乗りました。この列車は、前年急死した同年代の音楽家・阿部次昭さんと一緒に「青森ジョイントコンサート」で乗り込んだ寝台特急だと気付き、彼もこの旅のお供をしてくれているのだと思いました。
青森駅に到着したのが朝六時、青森空港までタクシーを飛ばして羽田行きの始発便に飛び乗りこみ、羽田と那覇空港で二回乗り換えて、目的地の宮古空港に着いたのは夕日が沈む時間でした。
南国の暖かな空気と素朴な景色は、何度見ても心が癒されます。私の一人旅のルールは、新しい土地に足を踏み入れる時には、必ず土地の守り神様にご挨拶するようにしています。
市内へ向かうタクシーの運転手さんに、「宮古島で一番、大切にされている御嶽はどこですか?」と尋ねると、「たくさんあるけど、平良市内でみんなが行くのは漲水御嶽だね」と教えてくれました。

レビュー

伊良部島の白龍
「下地島」にある全長三千メートルのパイロット訓練飛行場から「伊良部島」へ戻る道の横には、大きな岩がいくつもゴロゴロ海の中に浮かんでいる大きな佐和田の浜があります。海の中の岩が突然、陸地に上がったとしか言いようのない不思議な景色を見ながら、この場所に落ちる夕陽を見る為にもう一度、伊良部島へ来たいと思いました。
平良市の市役所で博物館の館長さんに会ったのも何かのご縁と思い、翌日は車を借りて博物館へ向かいました。この島の歴史をもう少し詳しく知りたいと思ったのです。
博物館にあった年表には、西暦一三〇〇年からの出来事しか書かれていませんでした。確かにアメリカの領土の時代もあったし、その前は琉球王朝の関わりも深くあった土地です。それ以前は、南氷洋の島から来た船で遭難した人たちを助けたという記録も残っていました。歴史的価値のある物は焼失した物が多いと思いますが、それにしても貴重な資料が少なすぎると感じました。藁ぶき屋根の家屋や農機具は、北海道の物 とあまり変わりありません。展示物の中に御嶽 うたきの所在地を示す地図を見てみると、宮古島の御嶽の多さに驚きました。ビデオで上映していた「神祭りの儀式」は、各村で大切に引き継がれて今も残っているようです。唯一、消すことができなかった民族の精神性を知るには、このお祭りだけかもしれないと感じました。最後のコーナーには、宮古島一帯に生息する野鳥の写真と剥製のコーナーです。展示されている鳥の姿や特徴を見ていると「なんとかクイナ」という鳥を見つけました。飛べない鳥、人前に出ない鳥として有名な「ヤンバルクイナ」がその鳥の正体でした。写真を見てすぐにわかりましたが、昨日出会った「下地島」の通り池を守っていた鳥が「ヤンバルクイナ」だったのです。
博物館から戻ると、気になるアクセサリー屋さんに立ち寄りました。「幸せになる石」を販売していると看 板が出ていたからです。三十代の男性オーナーは、宮古島に惚れて移住した内地の人だったので、宮古島で体験した感動を伝えるととても喜んでくれました。彼は仲良くなったお礼にと、とっておきの美味しいカレー屋さんを紹介してくれました。翌日はきれいな海で貝殻を拾いたいと思っていたので、宮古島の南にあるカレー屋さんを目指しました。
きれいな海辺を見つけて貝殻探しをしていると、突然、心の中で「ヤンバルカムイ」と聞こえてきます。何の事だろうと考えていると、すぐに意味がわかりました。あの「下地島」で見た天然記念鳥の「ヤンバルクイナ」は実は、島の守り神である「ヤンバルカムイ」なのです。アイヌ語で神様の事を「カムイ」と言いますが、私がアイヌの地・北海道の生まれなのでわかりやすいアイヌ語で神様が説明してくれたのです。貝殻を拾う手を止めて、「ヤンバルカムイ」の神様に出会えた事と神導きにお礼を伝えました。神様はよくこんな方法で、何となく思った事を確信に変えてくれる時があります。

レビュー

龍を守る人たち
翌年の二〇〇五年に宮古島へ再び訪れた理由は、昨年、伊良部島で撮影した「白龍」が全てのきっかけになりました。
最初は、宮古島にある美味しいカレー屋の女性オーナーに「白龍」の写真を絵葉書にして送った事が始まりでした。カレー屋さんの女性オーナーは「白龍」の絵葉書きをお店に飾ってくれたらしく、偶然、絵葉書を見つけた男性が、伊良部島の町営ホテルを経営している猪子さんに話し、カレー屋さんへ出向いて絵葉書を見て感動し猪子さんが私に手紙を下さいました。猪子さんの手紙には、二〇〇四年から町営ホテル「てぃだの郷 さと」のオーナーとして着任してから伊良部島の歴史を調べると、昔から「龍神」さまを地元の人が大切 にしていた事を知り、レストランの名前を「龍」に変えたり、龍のTシャツも作ったりと自分にできる事で 「龍神」さまを大切にする活動を始めたそうです。そこへ「白龍」の絵葉書の話が飛び込んできたので、すぐに絵葉書を見て住所を教えてもらい私に手紙を宛てたという内容でした。手紙が頂いてからすぐに猪子さんと電話で話しましたが、何度かやり取りをしているうちに、「吉岡さんは伊良部島に来るべきだよ」と彼女は言いました。急にそう言われてもすぐに行けるほど近い場所でもなく、もう一度、行く決断をするまでに約一年かかりました。
二度目に伊良部島を訪れて、「ホテルてぃだの郷」に着いた時から驚きの連続でした。伊良部島には日本航空と全日空のパイロット訓練学校がありますが、そこで教官をしていた方が私の「白龍」の絵葉書を見つけてくれた人でした。彼は、数日後に東京へ転勤するらしく、たまたま今日、ホテルでお別れ会をしているからと猪子さんが私を紹介してくれました。後日談ですが、この男性とはとても強い引き合わせがあり、私がホテルに滞在していた間に三度もお逢いしましたし、帰りの宮古島から那覇、那覇から羽田へ飛ぶ飛行機の席が、偶然にも隣りの席になるという不思議なご縁が続きました。ここまで引き合わされると、大切な事をこの男性に伝える役目を神様が私に与えたのだと気付き、帰りの飛行機では神様の事や伊良部島の今後について神様のメッセージをお伝えしました。猪子さんが電話で話してくれた中には、「白龍」に関わる人がもう一人いました。それは宮古島で「ユタ」と呼ばれている霊能者の女性で、ホテルの神祈りや猪子さん自身の役目を気付かせてくれた女性でした。でもその「ユタ」には、なるべく自分から関わらないようにしようと思っていました。土地を守る人と出会うと、それぞれが守る土地の境界線を越えて、もっと高い次元の仕事をしなければいけなくなると感じていたからです。それに、沖縄地方の神様との関わり方には、それぞれ島 独自の厳しいルールがある事も三年前の石垣島や沖縄本島の旅で学んでいたからです。「それでも、もし神様が私にユタを引き合わせるのなら……」と覚悟はしていました。

著者について

本名:吉岡学 職業: ハートランド龍球代表 / 地球創世コーディネーター
(プロフィール)
1959年 北海道生まれ、幼い頃から様々な霊体験を経験、岡山理科大学応用数学科卒、一部上場大手流通業勤務後、個人事業を起業
1998年 突然、霊視・透視のパワーが与えられ、「地球を救いなさい」と啓示が降りる、事業の傍らボランティアで霊視・透視・ヒーリングの力を使って心身の病気を数百名治療
2000年 意識のゼロポイント「無」に到達、宇宙の創造主(マスター)と対話が始まる
2001年 21世紀の地球のテーマが「ハーモニー(調和)」だと天より教わり絵本「Harmony」が完成、絵本「星の子」「宇宙からの愛のメッセージ」のイラスト展を北海道・東北の16か所で開催、FMラジオ番組「吉岡学のヒーリングタイム」で新しい時代のメッセージを伝える※2001年9月11日アメリカ同時多発テロの日が生放送初日
2002年 啓示「地球創世1000年プロジェクト」が降りる、ヒーリングスポットHEARTLAND設立、スピリチュアルカウンセラーとして本格的に活動 (スピリチュアルカウンセリング、ヒーリング・前世療法・オイルマッサージ・楽健マッサージ・魂の名刺制作・オリジナルブレスレット制作など)
2003年 啓示「地球創生1000年プロジェクト」を広く伝える講演活動を始める、21世紀の始まりのエネルギーを降ろす北海道神事 を行う
2004年 沖縄 伊良部島の白龍の神様の出会いから神導き人導きが始まる
2005年 沖縄 伊良部島神事をユタ・島人と行う
2006年 啓示「宮古諸島の調和の祈り」を伊良部島ユタと宮古島ユタの協力で島人と行う
2007年 啓示「沖縄諸島 愛と調和の祈り」を沖縄の神人・神子の協力のもと行う、この神事によって『天の岩戸(地球の核)開き』が成功、新しい宇宙神十五神を地球へ降ろす、地球の名前が龍が守る星「龍球王国」となる、活動組織を「ハートランド龍球」へ変更
2008年 啓示「国の建て替え立て直し」神事を全国で行う、霊峰白山登山神事など
2009年 村建て神事・奄美神事・霊峰富士山登山神事・八重山神事・伊豆神事など・全国巫女ネットワークを立ち上げる
2010年 「国の建て替え立て直し」の本格的な関東神事が始まる
◎現在、 神事を中心に講演会・セッション・ワークを通して意識の目覚めをサポートする活動を日本全国で開催
心と体の美と歓びをサポートする ハートランド龍球
啓示と神事 地球創世1000年プロジェクト
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