前半は白川文字学(東洋学)についての素晴らしい解説。
編集工学を提唱する筆者の方法論が白川静という複雑・巨大な現実のテキストを得て、見事な意味空間を創造することに成功しています。鳥瞰図的な視点というより、「章立て」を行い、概念に「インデックス」をふることで、白川静というテキストを初めて読む人が迷わないための配慮がなされています。白川作品の読者には理解したつもりの概念の整理にも有効です。
漢字が記憶している呪術世界から哲学的転回点を代表する孔子に至る通時的な移動。漢字文化圏にまたがる歌謡「詩経」と「万葉」を複眼的に読むという共時的な広がり。「漢字文化圏」という時空間を自由に移動する術を提示してくれた白川静という知の巨人の業績が松岡氏のおかげで、一般読者の理解の地平まで降りてくる結果となりました。
後半は失速気味。折口信夫や柳田国男、歌謡についての筆者の思い入れが強すぎ、対象とする読者を狭める結果となっているように思えます。
例えば「日本は歌によって国語を作ったのでした」と筆者は述べます。残念ながら新書の紙幅では不足する巨大なテーマではないでしょうか?当然論証も出来ず、最後までこの論調で日本文化が語られるのですが、前半の出来が素晴らしいだけにマイナス2の評価とさせていただきました。
ただし、情報量の多さは新書にしては出色であり。様々な示唆を受けました。例えば、内藤湖南から始まる京都大学シナ学の伝統を受け継がれている吉川幸次郎先生、一方、白川先生も内藤湖南へ私淑されているという対比。
現在講談社学術文庫(初出講談社現代新書)に収められている「学問の世界」の貝塚茂樹先生の章と本書の1章から3章に記述される白川先生の壮年期を比較すれば同じ京都という場所で、中国研究において、全く違った学究のスタイルが営まれていたことに気づかされました。
また、「興」という概念を理解せずに「初期万葉論」「後期万葉論」を読んでいたことを気づかせてくれた本書に感謝しています。