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28 人中、25人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
日本人よ、大地町よ、胸を張れ!,
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レビュー対象商品: 白人はイルカを食べてもOKで日本人はNGの本当の理由 (講談社プラスアルファ新書) (新書)
ドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ」で極悪人扱いされた、鯨漁の拠点・和歌山県太地町――。 シーシェパードの隠し撮りを防ぐため、 最後に鯨にとどめを刺すところをシートで覆っているが、 それでもシーシェパードは隠しカメラなどで撮影し、 インターネットで世界に流す。 シーシェパードに「恥知らず!」と罵られても、 「この野郎!」と怒ると、その部分だけが世界に流れるため、 じっと耐える漁民の人々。 一方で、フェロー島では堂々と鯨、イルカ漁が行なわれ、 入り江が血で真っ赤に染まるシーンも、開けっぴろげだ。 本書の冒頭カラーの、その場面は、大地町との大きな落差を感じる。 5月半ば、NHKスペシャルで太地町が取り上げられた。 漁師たちは「我慢や、怒ったらあいつらの思うつぼや」と言う。 しかし漁師の、中学生の娘さんが、 「文化の違いを論点にしたら、いかん! あの人たちは、鯨が賢くて文化があるから殺すなと言うてる。 だったら、頭の悪い牛や豚はええの? と言うべきや。 同じ命、頭のいい悪いは関係ないでしょ」 ……そう言っていたのが印象的だった。 大地町役場、日本政府の弱腰が、漁民たちに「我慢」を強いているのかもしれない。 読後、「その通りだ!」と思いつつも、 日本側の余りの受け身の姿勢にい歯がゆさを覚える一冊でもあった。
34 人中、30人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
地元記者が見たイルカ猟妨害,
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レビュー対象商品: 白人はイルカを食べてもOKで日本人はNGの本当の理由 (講談社プラスアルファ新書) (新書)
中日新聞の太地町担当記者が、当事者のインタビューを中心に、シーシェパードなどによる同地でのイルカ猟妨害について報告する。水銀中毒や絶滅危機、知能の高さなど猟妨害の根拠は、ほとんど否定されているにもかかわらず、妨害活動をするアメリカ人は「信じているから」という議論に値しない理由で活動を続けている。また、地元記者だからこそ見える「ザ・コーヴ」の欺瞞を徹底的に暴くとともに、主人公のリチャード・オバリーにも直接疑問をぶつける。同じようにイルカ猟をして、シーシェパードに妨害活動をされていたフェロー諸島はどうして妨害されなくなったのか?それを確認するため、著者は何の取材の当てもなく、宿すら決めずにフェロー諸島に行く。著者は空港で話しかけてきた人に、宿紹介やら本書の写真提供、地元ジャーナリストの紹介までして貰い、ぶらっと訪ねた観光案内所から外務省幹部、学芸員、地元の在住日本人へ次々取材の手を広げる。その結果、食料に乏しい同島でクジラは最後の頼りになっていて捕獲したらみんなに分配していること、逃げも隠れもせずに広報して正当性を訴えていることを明らかにする。 コロンビアジャーナリズムスクール出身にして大手新聞社の新宮支局長という著者の経歴が、「ハーバードビジネススクール修了で新宮営業所長?」みたいな妙な感じだ。コロンビア出身者が旧態依然なジャーナリズムの日本の新聞社の流儀を受け入れられるのか、とか色々思った。しかし、それは本題には全く関係ないし、コロンビアスクール出身者ならどんな現場でも良い仕事はできるんだろう。実際、本書もしっかりした問題意識の元に、自分が見聞した出来事や、当事者・現場の声をとことん積み上げて構成する、というルポルタージュの基本に徹した良書。冒頭のフェロー諸島でのイルカの解体写真、真っ赤な海はショッキングだが、「命を食べさせてもらっている」という実感がこみ上げる。
32 人中、27人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 3.0
腹が減ったらイルカでも鯨でも食えるものは食う,
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レビュー対象商品: 白人はイルカを食べてもOKで日本人はNGの本当の理由 (講談社プラスアルファ新書) (新書)
新聞広告でタイトルが面白そうだったので手にとって見た。昨年、アカデミー賞のドキュメンタリー部門で賞をとった「ザ・コーヴ」騒動を主軸にして、太地町、映画製作関係者、シーシェパードらの当事者に当たったルポタージュである。加えてデンマーク・フェロー諸島まで足を延ばして「鯨を殺す白人」の取材旅行も敢行していて、取材の幅がひろいのが面白い。 タイトルからは、どうしても人種差別的ニュアンスを感じてしまうが、著者の意図はそうではない。白人捕鯨国も同様に反捕鯨団体から攻撃されているが、主張すべきことを主張しており、そこが日本とは違う。日本もどうどうと主張しなければ、受身一方でどんどん後退してしまう、ということである。 著者は、はじめから「捕鯨賛成」というか、ニッポン対白人反捕鯨団体の構図の中で、ニッポン側に肩入れする立場にたっているので、その点がジャーナリストとしては中立性を欠いていてやや違和感がある。しかし、平行線をたどる議論のなかで、この問題の本質がいくつか垣間見えてそれが大変興味深い。ひとつは、鯨やイルカを殺してはいけないというのは、論理の問題ではなく、感情の問題であること。次に、感情の問題に論理の肉付けをしたために反捕鯨が「正義」の衣を纏ってしまったこと。最後に「正義」であるがゆえに国を超えた「布教」が当然のように正当化されていること、である。 鯨を獲る側は、腹が減ったらイルカでも鯨でも食えるものは食う。それだけのことだ。そこに論理も正義もない。考えてみればいまもむかしも「正義」というのはほんとうにろくでもない。異なる正義がぶつかれば、勝つのは論理が正しいほうではなく、チカラのあるほうだ。だから相手が「正義」である限りは、こちらも論理ではなくチカラで対抗するしかない。そんなことをつらつらと思った。
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