登録情報
|
最初に隕石衝突説をかかげたのは、物理学者ルイス=アルヴァレスとその息子で地質学者のウォルター=アルヴァレスであった。彼らは1980年代に、白亜紀と第三紀の地層境界線(K-T境界線)に含まれるイリジウムの異常に高い値は、直径10km以上の巨大隕石の衝突が原因であり、衝突は地球の地質、気候に大変動をもたらし、恐竜を含む動植物の大量絶滅を引き起こしたという大胆な仮説を立てる。多くの証拠がこの仮説の正しさを裏づけていたが、1世紀も前にウェゲナーが唱えた大陸移動説をようやく定説として認めたばかりの地質学界が示した反応は、冷ややかどころか、戦闘的であった。
当時の地質学者たちが忠実に守っていたのは、「現在は過去を解くための鍵である」つまり過去に起こったことを知るには、現在あることを研究すべしという原則(斉一説)であった。火山活動、侵食堆積運動のような恒常的現象を研究対象にしてきた彼らにとって、隕石の衝突という偶然的事件が地球の歴史を大きく変えるというのは、決して認めることのできない考えであった。彼らはK‐T境界線でのイリジウム異常値も火山活動がその原因であると考え、隕石衝突説は頭ごなしに否定をしたのであった。
衝突論者の精力的な調査研究と、血みどろの大論争を経て、巨大隕石衝突(K-T衝突)の事実は、保守的で偏狭な地質学者たちにも何とか認められるようになる。しかし次に、この事件が恐竜を含む動植物の大量絶滅をひきおこした本当の原因であるかどうかという問題で、衝突論者は古生物学者と対決をする。すなわち、恐竜はK-T衝突より以前に滅んでいたか、またはすでに滅びつつあった、したがってK-T衝突が恐竜絶滅の原因と考えるのは正しくないという主張に対して、彼らは答えることとなるのだ。
やがて純粋な真理追究の努力は、報われる。ボランティアを使っての化石掘りなどから、K-T境界線下のぎりぎりのところで恐竜の化石が発見され、また上層(年代的には衝突の後)ではいっさい見つからなかったことが確認された。これらにより、衝突論者の主張は裏付けされ、隕石絶滅説の正しさは決定的となった。
本書は最後に、生物の歴史においてK-T期を含めて5度の大量絶滅があったが、これらも大隕石衝突が原因ではないか、またそれらが一定の周期をもっていることから、隕石衝突も周期的なもの―おそらく太陽系の運行に起因した―ではないかという興味深い議論を、数々の証拠を示しながら紹介している。
本書の面白さは第1に、恐竜絶滅の謎が、まるで推理小説のように推理と検証により解き明かされてゆき、ついに隕石衝突という真犯人をつかまえるその過程にある。(著者のパウエルは、まえがきにも書いてあるように、推理小説の大ファンらしい。)
2番目に面白いのは、物理学あるいは地球物理学の専門家が、地質学者や古生物学者らと議論をたたかわせ、一つの学説を強固なものにしていった点である。今日あらゆる学問分野で専門化が進み、特定分野の専門家が他の分野に首を突っ込んだり、突っ込まれたりを嫌う傾向にある。今日の科学においてそれは、統一した理論や体系を作るのに大きな障害になっているのではないか。地質学・天文学・物理学・生物学などさまざまな分野を巻き込んだこの衝突説論争は、著者も言うとおり、科学そのものへのよい刺激となったと思われる。
3番目に、科学者同士の生々しい争いについての記述も興味深い。反対勢力の中心にいたオフィサー、ドレークら地質学者とアルヴァレス親子の罵り合いは、真理を追究する科学者の活動にもねたみ、虚栄心、闘争心といった心理が作用し、本筋から離れた行動を生み出すものだということを教えてくれる。
4番目として、本書はその専門的内容にもかかわらず、一般向けにできるだけわかりやすく書かれており、比較的読みやすい。(それでもやはり文系の私にはむずかしすぎる箇所もあり、読み飛ばすこともあったが、本筋は理解ができた。)
以上が本書についての評価であり、これらからもおわかりのとおり、私としてはおすすめの本である。最後になるが、唯一残念だったのは、翻訳に誤字脱字、訳語の不統一(チコ=クレーターを別の箇所ではティコ=クレーターとしているなど)が目立ったことである。
|